『外地での罪』
馬場 信浩
 

忘れないうちに書いておこうと思います。
 演劇人・映画人の中に現政権を批判する方々が多数おられます。言論の自由ですから、それ自体結構なことなのですが、首をかしげる物があります。
 例えば映画監督の山田洋次さんは談話をうけて「日本人がどれほど中国人や韓国人にひどいことをしてきたのかという思いが込められていない、もっと素直に謝罪できないのか」と言っておられます。これなどあれ?と首を傾げてしまいます。
 まず謝らなくてはならないのは山田洋次さんら満州で良い思いをし満人や中国人を馬鹿にした日本人達だと思うのですが違いますでしょうか。

 私がまだ左翼の演劇青年だったころ、同じアルバイト仲間に満州からの引き揚げ者がいました。彼の母親に聞いた話です。
「日本人て、満人の子をすぐ叩くのよ。なんてひどいことをするのかって思ったわよ。これだけはしたくないって思ってたんだけれど、アマ(子守の少女)を雇うでしょ。すぐに手を上げるようになったわ」
 手を上げるようになった理由は、
「働かない。手鼻をかむ。汚い。言っても聞かない。料理を手伝わせたら料理用のフキンで鼻をかまれたのよ。やめなさいって思わず手が出た。手を上げたらすぐに言うことをきくのよね。それがわかったの」
 というのです。そこは左翼演劇青年だった私です。
「良心は痛みませんでしたか」
「最初はちょっとね。でもそのうちなれてしまったわ。当時の日本人は満人の使用人を叩くのって当たり前だった。良心の呵責なんて感じなくなったわ」
 一家は満鉄のエリート社員。雇い人は満人の少女だけではありません。男衆もいるのです。みんな叩くようになったというのです。罪の意識なんかなかったのです。躾くらいに思っていたのです。
「うちで養育した子は金持ちにもらわれていくのよ」
 日本人の屋敷で長く勤めあげた娘は高く売れたというのです。満人の金持ちの後妻や愛人になるのも居る。運が良ければ良縁に恵まれたのです。支度金をもらえた親は大満足だったのです。

 やがて終戦です。引き上げが始まります。日本人は収容されます。買い食いです。ご主人は中国政府に引っ張られて帰ってきません。その一家をこっそり支えてくれたのがアマと男衆の満人だったのです。
「地獄は逃避行が始まってから。ソ連兵の暴行が始まってました。トラックを調達して朝鮮を目指しました」
 この逃避行の話はまた別の機会に。

 要するにひどいことをしたのはエリート家族や一部の軍人の振るまいだったのではないですか。満州には樋口季一郎中将に代表されるユダヤ人を救った将軍がおられます。堂々たる日本軍人です。謝るべきは卑怯な輩らです。ですから謝れというのなら山田洋次さんがまず謝ったらどうなのですか。

 満州からアメリカに逃げてきた中国人と知り合ったことがありますが、日本人がもう一度満州を開発してくれたら帰国しても良い、とすら言ってました。今の中国共産党は満州を消し去ったのです。中国共産党は満人の日本人への憧憬を消し去るのに躍起になったのです。そんな中国にとって山田洋次さんなどは利用できる格好の人材なんですよね。