彼の園を楽しみ
爰に樹えし檀有り
其の下は維れたく
它山の石
以って錯と為すべし

彼の園を楽しみ
爰に樹えし檀有り
其の下は維れ穀
它山の石
以って玉を攻くべし

(詩経より)

かの園林で憩おうと、
まゆみの香木を植えた。
木の下は汚い落ち葉だらけ。
でも、それが肥やしになっている。
よその山の石ころだろうと、
砥石の役にはなるだろう。

かの園林で憩おうと、
まゆみの香木を植えた。
木の下は鬱蒼とした雑木。
でもそれが支えになっている。
よその山の石ころだろうと、
玉を磨くのに役立つだろう。

「他山の石、以て玉を攻くべし」という成語が生まれた。
よその山から出る粗悪な石ころでも、自分の山の宝玉を磨くのに利用することができる。
   ↓
「他人の良くない言動も、それを参考にして、自分自身の人格を磨く材料とすることができる」という意味で使われる。

世間がいかに不景気であろうと、いかに経済が困難であろうと、やるべき仕事は無限と申していいほどあると私は思うんです。

不景気であればあるほど、なすべき仕事がある。景気が非常によいときは、景気がよいということから、新しい仕事を考える余地がない。だから、現在の忙しい仕事を遂行するだけにとどまってしまう。けれども不景気であれば考える余地があるし、また考えねばならないということになりますから、無限というほど新しい仕事、新しい方策、そういうものが考えられる。そしてそれに取り組んでいかなければならない、ということになろうかと思うんです。
(昭和52年1月10日 松下幸之助)