「俺さ…彼女と住んでたじゃん?」
そういえば以前、彼女と住み始めた家が広すぎると言ってたな。
彼女はもう出て行って居ないはずだ。
「実はさ、俺が帰らなくなったんだよ」
僕は黙って頷き話を聞いた。
「彼女、もともと料理は苦手だったんだ。 でも俺、仕事であちこち行くから
常に外食なわけよ。家居るときくらい家で食いたいじゃん…?
最初のうちは彼女もレシピ見て一生懸命作ってくれて、すごく旨かった。
けど、慣れてくるとさ、多少自己流でやるようになるでしょ?
…それがさ、彼女には悪いけど…美味しくなかったんだ。
俺が遅く帰っても、料理はしててくれてさ。鍋いっぱいに豚汁みたいなのが
出来てて…でも…それも美味しくないんだ。
彼女が一生懸命作ってくれてるのはわかる。帰ってきてほしいから、もっともっと
頑張って作る。
俺…だんだんそれが苦痛になっちゃったんだよね。ひどいよな…」
シシさんはチャーシューとビールを進めながらため息をついた。
「このチャーシューはヤバいわ。毎日食ってもいい」
「まあ…彼女の気持ちもわかるだけに余計辛いよね…。
シシさんもそれ…言えないだろうし辛いとこだよね…。」
シシさんのお母さんは料理屋のおかみだったはずだ。
小さい頃から美味しいものを食べている彼を満足させられなかった彼女も
辛いところだろう…尤も、シシさんは何か別の理由を作って彼女と別れたの
だろうけど。
シシさんが言っていることは都合がいいようにも聞こえるが、自分でもそれは
よく解ってのことだろう。
なんとなく古傷を引っ掻いたようで心が痛かった。
「御馳走様でした。あー旨かった」
「そりゃあよかった。作った甲斐があったってもんです」
「やばいよ、マジ旨かった。ちょっと心動いちゃったもん」
「なになに、あたしシシさんの胃袋掴んじゃったの?」
いくらなんでもこのご時世に、何も料理で人の心を掴もうなどと思わない。
僕はご機嫌な彼に合わせて冗談を言ったつもりだったが、
彼は笑いつつも目は真剣だった。
「うん、かなりガッチリ」
え…そうなの…?なんだか本気で言われると僕も戸惑う。
あまりにも簡単なレシピなので、なんとなく後ろめたさすら感じた。
でも彼の幸せそうな様は、僕の心をかすかにバラ色にした。
3時半を回った頃だった。
いつもより親しさの増したシシさんが僕に向きなおった。
「ねえ、ハンターちゃん、こういう遊びしたことある?」
「どんな?」
「指、舐めるの。指って神経集まってて敏感な場所でしょ?手ェ出しな」
彼のカサついた指が僕の左手を取った。
自分の目の前にそれを寄せて両手で僕の手を包み込む。
厚い皮膚からゆっくりぬくもりが伝わってくる。
「目、閉じると更に敏感になるんだ。閉じて」
明らかに…以前の時と違う。シシさんが誘ってくるなんて初めてのことだ。
彼のハスキーな声が、期待で膨らむ僕の胸をくすぐる。
僕はシシさんの言うとおり目を閉じた。
彼の温かい吐息を、指に感じた。
(胃袋をつかむ 3へ続く)
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そういえば以前、彼女と住み始めた家が広すぎると言ってたな。
彼女はもう出て行って居ないはずだ。
「実はさ、俺が帰らなくなったんだよ」
僕は黙って頷き話を聞いた。
「彼女、もともと料理は苦手だったんだ。 でも俺、仕事であちこち行くから
常に外食なわけよ。家居るときくらい家で食いたいじゃん…?
最初のうちは彼女もレシピ見て一生懸命作ってくれて、すごく旨かった。
けど、慣れてくるとさ、多少自己流でやるようになるでしょ?
…それがさ、彼女には悪いけど…美味しくなかったんだ。
俺が遅く帰っても、料理はしててくれてさ。鍋いっぱいに豚汁みたいなのが
出来てて…でも…それも美味しくないんだ。
彼女が一生懸命作ってくれてるのはわかる。帰ってきてほしいから、もっともっと
頑張って作る。
俺…だんだんそれが苦痛になっちゃったんだよね。ひどいよな…」
シシさんはチャーシューとビールを進めながらため息をついた。
「このチャーシューはヤバいわ。毎日食ってもいい」
「まあ…彼女の気持ちもわかるだけに余計辛いよね…。
シシさんもそれ…言えないだろうし辛いとこだよね…。」
シシさんのお母さんは料理屋のおかみだったはずだ。
小さい頃から美味しいものを食べている彼を満足させられなかった彼女も
辛いところだろう…尤も、シシさんは何か別の理由を作って彼女と別れたの
だろうけど。
シシさんが言っていることは都合がいいようにも聞こえるが、自分でもそれは
よく解ってのことだろう。
なんとなく古傷を引っ掻いたようで心が痛かった。
「御馳走様でした。あー旨かった」
「そりゃあよかった。作った甲斐があったってもんです」
「やばいよ、マジ旨かった。ちょっと心動いちゃったもん」
「なになに、あたしシシさんの胃袋掴んじゃったの?」
いくらなんでもこのご時世に、何も料理で人の心を掴もうなどと思わない。
僕はご機嫌な彼に合わせて冗談を言ったつもりだったが、
彼は笑いつつも目は真剣だった。
「うん、かなりガッチリ」
え…そうなの…?なんだか本気で言われると僕も戸惑う。
あまりにも簡単なレシピなので、なんとなく後ろめたさすら感じた。
でも彼の幸せそうな様は、僕の心をかすかにバラ色にした。
3時半を回った頃だった。
いつもより親しさの増したシシさんが僕に向きなおった。
「ねえ、ハンターちゃん、こういう遊びしたことある?」
「どんな?」
「指、舐めるの。指って神経集まってて敏感な場所でしょ?手ェ出しな」
彼のカサついた指が僕の左手を取った。
自分の目の前にそれを寄せて両手で僕の手を包み込む。
厚い皮膚からゆっくりぬくもりが伝わってくる。
「目、閉じると更に敏感になるんだ。閉じて」
明らかに…以前の時と違う。シシさんが誘ってくるなんて初めてのことだ。
彼のハスキーな声が、期待で膨らむ僕の胸をくすぐる。
僕はシシさんの言うとおり目を閉じた。
彼の温かい吐息を、指に感じた。
(胃袋をつかむ 3へ続く)
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