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保育園の頃

友達のばあちゃんとかから


「あんたんちの子供がいるから、うちの子は保育園行きたいないって言うんだよ」


って


おふくろはよく言われてたらしい


その度におふくろは腰を折り曲げて


ふかぶかとおじぎをして謝ってたらしく


そんなことなんか、露も知らない俺は


よく保育所を脱走していたな~


お昼寝の時間の前に


自由時間があったと思うんだけど


田んぼでカエル捕りとかしていたら


いつも1人取り残されて


先生も呼んでくれなくて


しかたないから


自分の靴をこっそり下駄箱から持ち出して


裸足で逃げ出してたな


あと、いたずらがすぎるから


物置みたいなとこにかぎかけられて


オシッコしたくても出してくれなくて


オシッコもらしても誰もきてくれなくて


一晩過ごす覚悟をしたら


最後の戸締りの園長先生が見つけてくれて


自家用車で家まで送ってくれてたりしたな


そんなことばっかりだったら


オヤツもだいぶ食いそびれてたな、うん


でもきっと


手に負えない


どうしようもなく


悪い子だったんだろうなあ

幼児期

親父はヤクザもので


自分が幼稚園の頃大好きだったばあちゃんが死んだとき


その時が親父を見た最後だったな


聞くところによると


ばあちゃんが俺のために郵便局に積み立ててくれてた


300万円のお金を


おじさんが預かっててくれてたんだけど


「別居している息子の顔を見るのに手ぶらでは行けないから、自分がもって行く」という心にもない言葉にだまされて


おじさんが手渡した300万円を懐に


女と大阪へ


そのまま


当時、慰謝料とか養育費とか


そんな話はなく


おふくろは苦労して


仕事と夕刊の配達をしながら


オレと姉


二人をよく育ててくれた


そのおふくろは


男こそ話もなかったけど


大のパチンコ好きで


そんなんだから小遣いとかもなく


高校生のときは


朝刊を毎朝120軒くばって集金までやって


月に21000円のバイト料


その21000円から10000円をおふくろに渡し


高校の学費の足しにしてもらってたつもりだけど


きっと母子家庭だから学費はもどってきて


またパチンコに使ってたんだろうな








書初め

思い立ったことを


思い立った時に


書いていこう




心はメガネみたいに


綺麗にしてても


いつの間にか曇ってて


また綺麗にして


そしてまたいつのまにか曇ってしまう


そんな繰り返しで


生きていかなくちゃ


いけないんだなあ