最低の心情、生活、遊惰で堕落な日々が、
ある意味、最高の意欲、センス、想像力を養うこともある。

あくまで現在の自分の中で、なので、

それは必ずしもヒトがすげーと思うモノではない。

そもそも、どんなに素晴らしいモノでも、それぞれ感性が違うので、
そういった一致は好みでしかはかれないのだし、仕方ない。

だから、何事も、万人に受けるモノなんか無理だ。

そういう意味でも、自分で満足が出来るか否かが大事なことなんだなと思う。

他者の評価をないがしろにするという意味ではなくて、

ただでさえ千差万別の好みの中で、
自分が面白くないモノ、自分で満足を出来ないモノをつくって、

いったい、なにが楽しいだろうか、という話。


どうせ万人向けのモノなど出来やしないんだから、

だったら自分が楽しめる・満足出来るモノを求めるのが有意義で楽しいじゃないか。


息の長いバンドなんかも大概、そういった兆しは見られる。

人間は成長したり、変わったりするもんな。

簡単に変われない反面、簡単に変わる箇所も多い、矛盾した生き物。

成長して過去を悔いたとしたら、過去を自責して糧にして踏み台にして、

失敗ごと成功に繋いでいく。

あのときのことは忘れないからこそ、今の自分がいて、こんな音楽が出来るようになったと。

そんな感じにいるのが、今のムックかなと思ったりする。


いや別にムックの話をしてたわけではなく。

上の数行は単なる例え話で、ちょっとズレただけ。


鬱すぎてはいけないのだが、平凡な意味のリア充すぎても、駄目だ。

全員がそうって話じゃなくて、単に自分の話。

ときに人間として求めていなくて、最低な心理状況のとき、私はきっと、昔に戻っている。

社会不適合さが増すし、外に出る気もなくヒトに会いたくもないと思うのだけれど、

ただ、一点においてだけ、この状態がベストだと思う。

それはやっぱり同時進行が出来ないってことでもあって、とても窮屈で、駄目だなあと思う。

不器用というか。器用貧乏で不器用だなあ。


ただ、今は、ひたすらに紅い花を求めています。

気持ち悪くて苛苛として、思いやりなんてモノは失せて、何故か腹が立つばかりだし、

滑稽だと思って、いつもの客観性や自分の誇りみたいなのは減少しているけれど。

そうすると、こうなるらしい。

不思議なテンションだなあと思う。続かない気もする。

むしろ、穏やかに嫌われずに生きるなら、こんな状況でないほうが確実に、いい。

だけど、やりたいことをやるなら、今の自分では、今の状況がベストだと思う。

窮屈で、不器用だなあ。


頭の中でずっと、花が揺れています。


遠い客観性では、今書いてる文章が気持ち悪いと思うんだけど。笑

でも、なんでそもそも私は、こんなに彼岸花を好きなのだろう。

凄く途中からだと思うんだけど、いつからだっけなぁ。と思ったりもする。

細工に関したって、やたら魅力を感じるのが銀細工に絞られたのも、いつからだったかな。

リボルバーも、武器も。

よくわからないけれど、そいつらのお陰で、なんか色々なことが確定してしまった。

脱却がいいのか、いっそ一本気に掘るのが先か。よくわからない。

でも脱却をしたとしても、自分の世界ってのは仄かにでもありたい。

それこそ、好きなトコで言えば、柴田亜美や荒木みたいに、
なにを書いても、そのヒトの作品だとわかる、世界があるヒト、ってのに、多分、なりたい。

別にそれが正しいというわけではないけど、少なくとも私がそれを目ざしたいのはわかった。

ていうか、

感性がヒトによって違う時点で、

芸術において、正しいモノなんかなにひとつないよな。

答えを決めてあったり、答えを出すための算数やなんかと違う。

曖昧なモノ、正解がないモノが、好きだなと思った。

そんでこの世の中には、曖昧なモノ、正解がないモノが多いな、とも思った。


そう考えてたら、人間の脳・考えることがまず曖昧で未知で。

正解も不確かなんだから、

その人間たちが作り出したことの殆どが、そうなるのは当たり前の現象だなと、思った。





さてと。

そんなわけで、うんこ行ってくるわ。


.....え?