肌を刺す寒冷が、いつ、脳内にまで達したのか忘れてしまった。
寒くて仕方がなかった。
風は痛くて、空は真っ黒で、僕は蒼白で、君は美しくて。
空間が。
宙に舞う雪だけが、ただ、白かった。白いだけだった。
なんの変哲もない路地裏で、僕は寒さに凍えていた。
広がる景色をこんなに美しいと思ったことはない。
時間とういう流れをこんなに感じたことはない。
僕はなんで凍えているんだろう。
本当は僕が蒼白なんじゃなくて、君が蒼白だったんじゃないんだろうか。
でも、僕の目の前の君は、確かに青でも白でもなく、綺麗なままで其処に居たんだ。
「ずっとそんなところに居て寒くないの?」
何度か声をかけて、コートを着せてあげようとしたのだけども、
僕の唇は凍ってしまっていた。
脚も手も動かなくて、しばらく寒さに身体を慣らすことで精一杯だったんだ。
それでも君が微笑んで見えたのは、色合いの所為だったのかもしれないね。
空も雪も僕も寒冷で、まるで泣いているみたいなのに、
なんで君だけそんな赤色をしているんだろう。
情熱的で、暖かい色に塗れて、被さる雪まで君の色に染めていくんだ。
君の胸に刺さった其の銀細工も、もう銀色なんて見えやしない。
錆びた鉄?
錆びるにはまだ早い?
――どちらにしたって、もう其れは君の身体と一体化して、赤色に染まっているね。
此の景色があんまり美しいものだから、僕も泣くしかなかったんだ。
きっと、僕は感動の涙を流して震えている。
でも、白は僕を否定した。
現実の雪だけが、全部見届けた。
僕は嘘吐きです。
僕は嘘吐きです、僕は嘘吐きです、僕は嘘吐きです。
君を愛してなんかいません。君に恋してなんかいません。
僕は笑顔でいます。僕はなにも見ていません。僕はなにも望んでいません。
やがて景色も愛憎も、自分さえも見えなくなって、僕は眼球を失うでしょう。
僕は嘘吐きです。
愛に怯えて愛を殺すなんて、愚か者のすることですから、
僕は。
いつの間にか止んだ雪が、光と変わって地面に溶けた。
薄暗い路地に差す一線の光線。
ああ、其れでも僕にはなにも見えません。此の景色は美しい。
今日も僕は、正常です。
「無題」-2008.09.19. 夜桜.