熱海に行ったら初島へ行こう ~初島のところてん食堂「山本」の夕陽~
悪あがき、とはこういうことを言うのであろうか?
一時期、友人Tと私はしばしば熱海の温泉に訪れていた。
豪勢な温泉宿に泊まって、うまい食事をし、温泉に浸かって日々の疲れをいやす…
なんてことをよくしていた。
(一番幸せな時間。それは瞬く間にすぎていく…)
でまぁ、着いた日はのんびりと酒でも飲んで過ごしているからいいが、問題は宴がはけた翌日である。
簡単に言うとすることがない、のである。
じゃ、さっさと帰ればいいじゃないか、と人は思うかもしれない。
しかし、温泉気分で幸せな気持ちが満たされているというのにこのまま帰るのはなんだなぁ…
みたいな気分が生じるのも確か。
そこで、我々は悪あがきをするのである。
まず旅館を出てから熱海の街をウロウロとする。
商店街でワサビソフトクリームを食べ、意味もなく海辺をぶらつき、時には海辺のプールで泳ぎ、
はたまた世界一短いという噂のあるロープーウェイに乗って、これまた世界一くだらないと噂の秘宝館に行ってみたり…
これを悪あがきといわずになんと言おうか。
その仕上げが初島詣で、なのである。
熱海港から観光船に乗って初島へは約30分。
潮風は心地よく、観光気分は盛り上がる。
そもそも初島とはバブル期には夢の島、と業界関係者に言われていた楽園であった。
会員制のリゾートホテル、エクシブ初島にはD通やらTV局やらの業界関係者が、おねえちゃん同伴で来るのにバッチリなロケーションであった。
そもそも小さな島で、これといったアミューズメントもなく、ダイビングをするか、ホテルに籠もってなにかひみつめいたモノをするか、しかなかったのである。
もちろん、業界関係者はホテルにお籠もりされて秘め事に従事されていたに違いない。
そういう意味で楽園であったわけだ。
聞くところによると朝食時のレストランは知り合いが多数いたりして、大変気まずいムードの中、黙々と食事をしていたらしい。
バブル崩壊後はそんな業界人も大幅に減少し、エクシブ初島も平穏な場所になっている。
平穏になりすぎてエクシブ初島に違和感さえ覚える。
なにせごく普通の小さな島なのである。
港に食堂が十数軒あるくらいで、観光スポットといえばうらぶれたアミューズメントらしきものがあるだけ。
ホントにダイビングくらいしかすることがない場所だ。
ちなみに島民は約150人で、ホテル関係者は200人くらいいるというのだから、ホテルに占領された島でもある。
よって我々も初島ですることはまったくない。
なんとなくブラリとして、結局、食堂でメシを食って酒を飲む、くらいである。
我々が愛用しているのが、港の右端にある「山本」という食堂。
ここなら出発間際の船に飛び乗ることが出来るので良いのである。
ほとんどの食堂はおかあさんが賄っている。
お父さんは漁業、おかあさんは食堂、でもって家族で民宿経営、というのがこの島のスタイルのようだ。
よってメニューはどこもかしこも似たり寄ったりなのであるが、店によって微妙にオリジナリティが反映されているようだ。
ちなみにどこの店にも「ところてん」が名物料理として存在している。
初島は自家製ところてんの名産地でもあるのだ。
毎年、ゴールデンウィークにはところてん祭りなどというものも開催されている。
刺身をつつき、ビールを飲みながら、短かった旅のことを思う。
友人Tはこうつぶやく
「青春だったなぁ……」
そんな感じでまたーりとした時間が過ぎていく。
平日の夕方、客はいつも我々しかいない。
漁港の刺身定食は美味だ。
(初島定食。刺身をつまみビールを飲めば至高の時間が)
(活アジ丼も新鮮で美味です)
サザエの刺身なんかも注文してみる。
夕陽は傾きかけ、最終便の出航時間が近づく。
友人Tはポツリと言う。
「泊まっちまおうか…」
「むむっ」と私は思う。
まだ悪あがきは終わっていないのかと。
しかし、冷静になって考える。
この小さな島でどのように夏の長い夜を過ごせというのだろうか。
エクシブ初島以外に民宿が何軒もあるが、民宿に素敵な温泉はない。
食事はいま食べている定食が出されるにちがいない。
居酒屋もなく部屋でおとなしく酒を飲むしかないのだ。
そこに考えが至って、「やはり無謀だな…」というところに考えが行き着く。
最終便の出航まであとわずか。
人々はみな乗り込んでいる。
我々は渋々、という感じで立ち上がり、船へと向かう。
これでいつものごとく熱海一泊ツアーが終わりを告げる…
そして熱海。
新幹線に乗り込む前に友人Tはやはりこうつぶやく。
「な、もう一泊してかない?」
我々の悪あがきは決して終わらないのである。
●「山本」
電話:0557-67-1490