夏の番外編 真夏のバーベキューは命懸け ~地獄の多摩川CUPの思い出 その3~
そんなわけで、数分間にもわたる怒濤の放尿を終えて会場に戻るとなにやら騒がしいことになっている。
どうも酔っぱらった男どもが川に飛び込んで泳いでいるらしい。
チラと川を見ると2,3人の男がパンツ一丁になって川の中腹に向かって歩を進めていた。
酔っぱらいが川にはいるとどういうことになるか?
私も大いなる酔っぱらいであったが、そんなことは考えなくてもわかる。
溺れる、だ。
川べりはそれほど流れが速くないが、川の中腹当たりは流れは速く、かなり深い。
「戻って来い!」
「危ないから戻ってきてー」
など怒号や悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。
が、酔っぱらいのバカ共は一向に気にせず、チャプチャプと水遊びをして喜んでいる。
そのときだった!
一人のバカがついに流され始めた。
川の流れは速く、みるみるうちに下流へと流されていく。
流れに乗って泳いでいる、とはどう見ても見えず、あきらかにアップアップしながら流されているようだ。
「やべ」
そういうと傍らにいた友人Tが真っ先に川へ飛び込んでいった。
Tは幼少の頃より水泳には長けており、水の中では無敵を誇る強力スイマーである。
しかしだ。
Tも大いに酔っぱらっている。酔っぱらった分を考えると強力スイマーから標準スイマーくらいまでの格下げが必要だろう。
それでもTはもがくように泳いでいった。
そして我々の視界から消えた…というか下流にどんどんと流されていった。
これは本格的にヤバイ。
皆もそう思ったのか、比較的酔い度の低い者が軽く体操して何人かが救助に向かった。
私もこうしてはいられない。
さっきまで地獄のようにビールを飲んでいたことなど忘れ、服を脱ぎ去ると川へと向かった。
「おい、あんまり大勢で行っても流されるだけだぞ」と誰かが叫んでいたがもう遅い。
見ると2次遭難者も続出し始めた。
もうこなると収拾がつかなくなってくる。
私の中ではすっかり酔いが覚めていたので、川へと飛び込んだ。
が、ほどなく流され始めた。
「やっぱり流されるんだ…」
そんなことを思ったかもしれない。
一緒に流されていたヤツなぞは流されていることを楽しんでいるかのようだ。
そう、酔っぱらいにとっては恐れなどというものはない。
なんでもかんでも楽しんでしまうのだ。
そんなこんなで私は流された。
数百メートルは流されただろうか。
なんとか浅瀬にたどりつき命からがら生還できた。
そのあたりに先に流された者立ちも溜まっており、どうやら皆無事のようであった。
良かった良かった
そんなことを思いながら会場に戻ると案の定、場の空気は怪しい。
「なにやってんだよ」と怒る者もあれば「みんな無事なのか」と心配する者もいる。
しかし、この大人数では全員の安否を確認する術はない。
なんとなくみんないそうだ、ということで、このバカげた乱痴気騒ぎは尻すぼみな感じで幕を閉じた。
で、環八沿いにある「エル・アミーゴ」というメキシコ料理屋に移動して有志で二次会。
店に行くと「E気持ち」の故・O.H氏がたまたまいらっしゃった。
O氏と友人Tは「姉さん、事件です」でおなじみのドラマで競演していたとあって既知の仲。
気心しれた少人数での飲み会、ということもあり、和やかに場は進むはずであった。
そう、あのバカ男Mがリターンするまでは…
(いまだ健在の「エル・アミーゴ」。古さに磨きがかかってます)
またここでも焼きそば事件のバカ男Mがしゃしゃり出てくるのである。
「結局さ、あそこで川に飛び込んでいったやつらはバカだ、愚か者だね」とのたまいだしたのである。
私は数々のいきさつもあり、我慢の限界。
バカ男Mに向かって「あそこで助けにゆこうとすら思わなかった人間がとやかくいうんじゃねぇよ」と噛みついた。
するとどうだ、このバカ男Mは「あそこでは助けに行かない方が賢者で、飛び込んだヤツは愚か者。おまえは愚か者だ」とかシャーシャーと言うのである。
「殺す…」
その日何度目かの殺意が芽生えた。
こいつのエラそうな態度は昔から気にくわなかったが、これほど人に不愉快さをもたらすヤツもいないんじゃないかという思いもあって、世のためにもこのバカ男を成敗しなけりゃいかん気になった。
そもそもこのバカ男は人をムカツカせることに関しては天下一品。
とにかく、なんでもかんでも人を批判するのである。
人を批判する賢者がどこにいるというんだ、まったく。
私に言わせればそれすらわからぬバカ男、ということになるのだが。
結局、賢者・愚か者論争は店だけにとどまらず、友人Tの家にまで持ち越された。
時間は丑三つ時をとうに越えている。
それでもバカ男Mは「オレが賢者だ」と吠えている。
しかし、誰もそんなことは思っちゃいない。
そるとついに自称・賢者のバカ男Mはしびれを切らして私に手を出した。
私はただひたすらこのときを待っていった。
先にこのバカ男に手を出させて、結局暴力に走る愚か者だとみずから認めさせるのだと。
そして、遠慮なく袋だたきにしてくれようと。
さすがの友人Tも呆れたのか、このバカげた論争にいい加減怒りがわいてきたのか、
「殴り合いするなら表でやれ」とブチ切れた。
のぞむところよ、と私は即座に家を出た。
バカ男Mもしぶしぶ続いてくる。
深夜の道ばたは人影もない。
さぁ、おもいきり叩きのめしてくれるわい、と思ったそのときである。
「やっぱり、ケンカなんか愚か者のすることだから、やめない?」
と言い出しやがった。
「コ、コイツは…」
私は絶句をし、と同時にこんなバカ男をまともに相手にしたら本物の愚か者になっちまうなと感じた。
まったく煮ても焼いても食えない男とはこのバカ男Mのことを言うのであろう。
そして夜は明けた。
友人Tは真っ先に新聞を見た。
多摩川で溺死した人間の記事は出ていなかった。
私は安堵して帰路についた。
誰が賢者で誰が愚者であったのか、今となってはどうでもいい話だ。
バカ男Mはついに精神世界の方へ召されて、私はB級グルメを食べ続けている。
私は愚者でも一向にかまわないが、いろんなもんを食べられるのがこの上ない幸せである。
(終わり)
●「エル・アミーゴ」
東京都世田谷区上野毛1-3-7
電話:03-3701-1217
営業時間: 18:00~03:00 月~土
17:00~01:00 日・祝
定休日:年始