ちょっと寝ましたが、かあさま、相変わらずテレビは全開。

最近、どうも母親もテレビの音量がでかい気がする・・・・。汗


先ほどチラっと書いた、母方のじいさまのこと。

先日法事ででかけたのはこのじいさまの法要のためです。

このじいさま、昔は教員をしていて、ガンコ親父を絵に描いたようなひとでした。

それが肺をわるくして教員をやめて、しばらくしてから、仏教の大学に通い始めたんです。

そして「お坊さん」になりました。
わたしがまだ小学生のころの話だったとおもいます。

歳をとってから若い人に混ざって大学に通って、お坊さんになったので、

お坊さんデビューから見た目はすでにじいさまだったんですが(笑)、もともとの、じいさまがかもしだす威圧的な雰囲気が、若いお坊さんよりも威厳があるかんじにみられて重宝がられて、お坊さんとしては新人だったのに、結構おつとめの機会をいただいたようです。笑

小学6年のときに、お寺にちゃんとつとめることになって、そのお寺に夏休みに泊まりにいって、大ハッスルだったのを覚えてます。笑

お寺に泊まれるなんて、ありえない経験だし。

そのころは一緒にそのお寺に出てきていたばあさまが体調を崩し、なくなったとき、じいさまはちゃんと菩提寺のお坊さんのお経が終わってから、ばあさまのために自分でお経を読みました。

このころにはまた肺を悪くしてて、呼吸器をたびたびつけるような状態だったのに、驚くほど大きい声で立派なお経を読んでた記憶があります。
「にわか坊主だったけど大したもんだ」と親族がいってました。笑

またこのときのお坊さんが女性のかたで、私がお茶をだす役目をやって少しお話をしたんですが、とてもお声もたたずまいも素敵なかたで、こういうひとを「徳のある」ひとっていうのかな、なんて思ったほどでした。

そんな縁があり、じいさまがなくなって、じいさまの法要で本拠地(とあえていう。笑)のお寺にいくようになってから、いろんな簡単な仏教のおしえや、本がおいてあるのをみて、なんとなくいくたびにちょこちょこ自分も自然にみたり、買ったりするようになっていきました。

生前は我が家に一時期いたときは、厳しさゆえに私とよくケンカしては私が泣かされて終わってたじいさまでしたが(笑)

伯父さんたちも、「泣かせたくらいの孫がすこしでもじいちゃんの勉強したことに興味もってくれれば、じいちゃんもさぞかし喜んでるだろうよ(笑)」といってました。


そんなこんなで、じいさまのおかげでいろんなことを知れている今日このごろ。
ひょっとしたらいま、「大学にいかせてやる」といわれたら、じいさまと同じ大学に進むことも考えるかもしれない。笑

なにげにいろんな大学・学科にいまでもいってみたいと思えるけど、じいさまの学んだことがなにげかなり上位にいることは間違いないです。笑