その5です。そろそろ疲れてきましたよね?すみませぬ、もう少しで終わりますゆえ・・・。
しかし、ながーいです。お茶でも飲みながらどうぞお願いします・・・。

4月から高校生になった、元教え子から、メールが来ました。
これはでも、「誕生日おめでとう」は序文で(笑)もともと「今度長文送りますから!」っていわれてたメール。

この子は、自分の楽器ではない子です。弦楽器の親分・コントラバス担当の子です。

少し、うんちく話になりますが、私見ですのでご参考までに。笑
吹奏楽には、弦楽器で唯一、コントラバスのみ(ポップス曲はエレキベースに持ち替えもあり)が低音楽器として使用されます。

理由は様々ですが、私がコントラバスが吹奏楽に存在する意味.魅力として個人的に思っているのは、

弦楽器では共通だけど、管楽器には出せない、弦を指ではじいて演奏する「ピチカート(しかも低音はタマラん。笑)」の効果と、
弓で弾く「ボーイング」での、管楽器には出せない独特の、まさに「弦が共鳴する」個性ある重低音。

そして、最大の魅力と思っているのが、

低音楽器の中でも、金管の「テューバ」はもちろん、
特に、木管低音の、「バスーン」と「バスクラリネット」この二つと同時に、コントラバスの鳴ったときに発生する、独特すぎる世界観。

本当は、「倍音」とか、ちゃんと理論があるんですけど(笑)そんなんは私としてはどうでもよくて、
純粋にその組み合わせが来るともう、大好きで大好きでたまらなくて。笑

うんちく、ここまで。笑

そのコントラバスの子は、2年のときに顧問がかわり、先輩も引退していなくなり、顧問がいままでコンバス(以下略)のない学校にいたので、初めての生徒でおっかなびっくりだったのもあり、合奏のときなどに、ほぼノータッチの状態になっていました。

私が気づいたときには、ちょいちょいアドバイスしていたのですが、そのときからすでにその子は
「コンバスってなんで吹奏楽にあるんでしょうね」と時々ボヤいていました。

夏のコンクールの曲は、私が編曲したので、もちろん個人的趣味により、コンバス・バスーン・バスクラのトライアングルはバリバリ使い(笑)、気づいたことはすぐに言ったり訂正したり、出来る限りのアドバイスをしました。

私はエレクトーンの先生がオーケストラに詳しい先生だったので、オケについて詳しく小さいときから学んでいたことと、エレクトーンのコンクールで自分が弾く曲を編曲するために、先生に手伝ってもらって、自分でオケや吹奏楽のスコアと、小さい頃からにらめっこしていたんです。
その後、専門学校でさらに詳細に教わりましたが、やはりエレクトーンの先生の力が一番大きいです。

音源もイヤというほど聞かされたし、もともと低音好きな私は、音源を聞いてもスコアをみても、コントラバスという楽器の魅力にかなり早い段階で引き込まれていたため、勝手に知識もそれなりにつき、その子になんとかアドバイスというか、「好みの音」の指導(笑)が出来たんです。

コンクールは必死になっていた頃はよかったのですが、そのあとでした。

よく来ていたOBが、私の教えている部屋に「SOSです!」とブッとんできて、行ってみたら、そのコンバスの子が泣いていて。話をきいたら、

「先生が注意してくれない」
「音も小さいし、吹奏楽にコンバスがいる意味がわからない」
「こんなんならアタシがこの部活に、バンドにいる意味がない」
「先生が無視してるような気がする」などなど。

とにかく、自分の楽器と自分、全否定。
そこを、上記の「アタシ、コンバス、大好きなんですけど・うんちく話」と、

実はウチの楽団のコンバス弾き、みんな団員だと思ってるけど、団員じゃないよ?
ウチの音楽をやるためにはコンバスが必要不可欠だから、何年も頼んでずっと呼んでるんだけど、などなど、

OBと協力して、超アツく、説得しまくり。
コンバスの魅力についてと、価値については、上記の説明で納得してくれたようです。
んで、問題は先生。
先生に話してみる?というと、勇気がないです、というので、
じゃあ一緒にいくか?それか、アタシが話してもいいよ、といったら、ちょっとためらってから、一緒にいいですか?というので、喜んで、と先生のところに一緒に話をしにいきました。

彼女は泣きながら、ときどき私の顔を見ながら、私もときどき助け舟を出して、先生に想いの丈を伝えました。

彼女が訴えていたのは、実は「先生に自分をみてほしい」これが一番だったような気がします。

先生は、「そうだったのね、知らなかった・・・ありがとう、言ってくれて」と言いました。
先生は、自分がコンバスをみたことがないから自信がなかったっていうのもあるけど、この子はいままでみたどこの中学のコンバス弾きよりも弾けているから大丈夫だ、と思って、ノータッチだったらしいんです。

そうなんです、実際彼女は、結構弾けていた。私がいうのも、「こうしたらもっといいかも」というカンジで。
ただ、彼女はいつも自信がなかった。実は部内でイジメもあったと、他から聞いていた。だからそういう風に思ったんです。
先生は今度から、些細なことでも積極的に声をかける、と約束してくれました。

それからしばらく私がいけず、メールでちょこちょこと様子は聞いていたものの、久しぶりに会った彼女は明るい顔をしてました。
今回の演奏会でも、一応ワタシが気づいたことはいうけど、先生も前よりちゃんと言ってくれるようになったと。

ここまでは、実際に見て聞いた部分。

メールに書いてあって、驚いたこと。

「みさめさんがいなかったら、2年のときに確実に辞めてました。」
「いじめもあったので、本当に部員から文句をいわれて楽器の価値もわからなかったときは、自殺したいと思ったこともありました、勇気なんかなかったですけど・・・」と。

思い詰めてたのは知ってたけど、まさかそこまでとは思ってなくて。
泣きました。


そのあとは有り難うございましたの連発。

『曲を作ってくださり有り難うございました
去年指揮をしてくださり有り難うございました
指揮をしたときに注意をして褒めてくれたこと、有り難うございました
常に笑顔で接してくださって有り難うございました
気づいたことをすぐ指導してくださって有り難うございました
部員みんなのことをいつも考えてくださって有り難うございました
相談に乗ってくださって有り難うございました』


さらに泣きました。言葉じゃ言い表せないけど何度言っても足りないけどほんとうにありがとうございました、と締めくくってあって。

私は、楽器関係なく、自分が伝えられる音楽はすべて伝えてきました。
今回や、コンクールのときのように指揮者として顧問がいたときは、あくまで指揮者の意図の邪魔にならない程度に。

逆に、自分が去年指揮をしたときは、ガッツリ自分色に指導しました。
私は自分のやりかたしか出来ないからこうやるけど、残り時間でちゃんとした演奏ができる状態でステージに上げてやれる自信はあるから、信じてついてきてくれるか?と。
この質問をしたときは、顧問の休職が決まって、私が指揮をすると決まったとき。

コンバスの生徒は2年のときでした。
でも自分が指揮だったので、やってほしいことは遠慮なくお願いしました。
出来たら褒める。他の子もそうだけど、『顧問ではない』ので、よほどのことがない限りは、
鉄則『絶対怒らない』

出来ないところを、「のぉぉぉぉぉん、そうじゃなくってぇ~♪」とむしろ漫才的なノリでツッコむ。

むしろ、顧問の不在で生徒全員が不安、私への不満はないものの、当時の3年生が仲が悪く、それが全体に響いて、バンド自体が、仲も、音も、分裂しそうだった。

だから、このとき必要だったのは、『上手い演奏』じゃなくて、『生徒が楽しめる演奏』だったんです。
まずは奏者が楽しんでないと意味ない。楽しんでいれば、そこから自然に「上手く」なる。
コンバスの子も、然り。

みんなが、暗い顔をしてたから、とにかく、いいから黙ってついてこい状態で(笑)、

『お前ら、吹奏楽の楽しいとこ、知んないの?かわいそ~だね~♪仕方ないから特別に簡単に教えてやるから、せっかくなんだからそれだけでも覚えて、気持ちよく中学出て行けよ!しっかりしろ、頼むぞ、特に3年!!!」と(ほんとに指揮のときはこんなイキオイでしゃべります。笑)

アツく送り出したのが去年で、このまえ怒った弟子がこのときの3年です。爆
このときのことを、もう忘れてたようだったので。もう一発加えておきました。笑

長くなりましたけど、『曲げられない女』が、全体的に、全力で3年間、ブチあたってたら、

その結果、ここにもひとり助けられた子がいたのか、ということを、いま知って。
また、これがむしろ最高に誕生日プレゼントだ、って思ったんです。

長ーーーーーくなりましたが。もうゴチャゴチャですが。以上です。

長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。
これからも、面倒な「曲げられない女」を(笑)なにとぞよろしくおねがいします。
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