曇り空に、一匙の色彩を | Studiolo di verde(ストゥディオーロ・ディ・ヴェルデ)

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フリーライターとして、美術、歴史などの記事を中心に活動しています。コメントや仕事のオファーも歓迎。(詳細はプロフィールにて)

「今日は空が曇っているから、ストッキングを明るい色にしてみたの」

 大学に教えに来ているイタリア人の先生で、こんなことを言った人がいる、そんな話を昔友人から聞いた。特徴を詳しく聞いてみると、どうやら私の大学にも教えに来ている人らしい。小柄で華奢な、灰色の髪を綺麗に切りそろえた可愛らしい印象の女性で、頭の中で、その声の調子まで再現するのは難しくはなかった。

 

 雨が降るのは面倒だが、私は決して嫌いではない。むしろ、曇りの方が苦手かもしれない。分厚く雲が空を覆っているのは何となくそれだけで気が塞ぐし、雨が降るのか降らないのかわからない、その曖昧さにいら立つ。

「まあ、降っていない分はマシか」

 自分に言い聞かせては見ても、今度は出かけた帰りに降られたら、とそちらが心配になる。考えすぎだろうか。たとえそうだとしても、私はしばし空を睨みつけずにはいられない。もしも色が濃ければ、雨が近い。傘を持って行った方が良い。

 だが、そのような空の色に対して、敢えて明るい色を、面積の広いコートなどではなく、足元に入れる。ちょっとした粋というものだろう。

 イタリアの人たちは、無難なスタイルに安堵するよりも、スカーフなどの小物を使って自分らしさを出す。

え、と驚くような色の組み合わせを、自分のものにしてしまう。実際に、2年前、再訪したヴェネツィアの店で見たスカーフの中には、ゴッホやクリムトの作品をモチーフにしているものも多く見かけた。この二人は、イタリア人に好きな画家を聞くと、必ずと言って良いほど名前があがる。その理由が、最初に質問した時から10年以上経ってようやく理解できた気がした。
 そして同時に、イタリアの人たちには脱帽した。
 この<星月夜>のような青と黄色、そして不気味に伸びる糸杉のシルエットすら、ユニークな模様として、きっとうまい具合に自分の物にしてしまうのだろうから。鏡を見ながら、納得いくまで位置を調整したり試行錯誤を重ねるのかもしれない。


 曇り空の日にこそ、一匙の色彩を。
 どんな時でも、発想を変えて、楽しむ。
 それが呼吸をするように自然にできるようになれたなら、日々の生活の中で何か変わるものがあるのかもしれない。