この間職場の先輩とモデラーズカフェで飲んでいて、プラモの写真とスマホのアルバムにあるここ数年行ったところのログを見ながら、自分が全く写っていない事に気がついたのである。
それどこか人も写ってないのである。
これはまあ僕が基本的ぼっち行動であり、人に興味が無い事の表れなんだけども、ふと人と着ているものって結構移ろうものであると気がつく。
今も昔も僕が割引シールの付いた衣類以外を買わないのは変わっていないけども、割と着る物の趣味は変わって着ているものと思う。
昔はスカイブルーとか鮮やかな寒色が好きだったけども、今では紺色やグレーとか比較的落ち着いた色を着る事が多くなった。
多分年齢的な好みがあるんだろうけども、この変遷を自撮りする習性があったら観測出来たのだろうかと思う。
買う時に服の作りの流行とかはあまり気にしていないけども、お店にあるものってその時々のトレンドに沿って作っているものである(そして値引シールが付くのは、そうじゃなくなったからだ)。
個人の服飾史って、当人以外にはまあ然程価値の無いものであるけども、そういうものの集積は多分それなりの、いやこれからは結構に重要な価値が出てくるのではないかと思う。
でもそうした個人の感情はさておいて、制服の遷移で世相を見る、残すという事は凄く重要である。
制服というもの変遷を通して、社会の移り変わりを当事者的に記録を残すという事って個人的には凄くこれから重要になるのではないかと思う。
素材の変遷や、個人的には悪い事だと思ってはいないジェンダーレス制服の自由度も展示を通じてみる事も出来た。
あれって寒いとこ育ちの僕には、JK寒そう問題を解決する良い方法だと思うのである。
そしてなによりミレニアル世代としては、制服着てる年代の世代に、今の悪い世相とか色々な問題を丸投げしたくないなと何となく思ってしまった、あんまり関係ないが。
そんな感傷はともかく、制服マニアとかじゃなくても服飾史の企画として非常に興味企画だったのである。


