短くない時間を社会人として暮らして思うのは、自分の感情以外に興味がない人が実に多いという事である。
そして自分が見ているものが不変の真理とやらである事を、そういう人は疑わない。
そういう嫌な感じの傲慢を芸風にするのを躊躇しない御仁をみんなで恥をかかせるのが正しい世の中だと思うが、今はそのお気持ちやら真理とやらを大声で正しい事を主張するのが正しいらしい。
これは多様性大好き勢も、多様性大嫌い勢も困った事に共通しているのは結構興味深い。
選挙っていうのは票田に対して配慮するのが勝利の秘訣だが、近年の主要国では迎合するのが流行しているのはアメリカを見ていればよくわかる。
つまるところ国際的な自国の評価なんて、どうでもいいのである。
アメリカのイラン核開発設備に対してのバンカーバスターぶっ放し事件は、普通に考えたら軍事的な妥当性は全くないものである。
ただトランプ政権の幹部と、大票田である福音派と保守強硬派のユダヤ系にとっては、聖書という古のラノベに書いているクソくだらない内容を実現させるためには極めて重要だった訳である。
予言とか予想が当たるって実に気持ちのいい事なのは、まあ理解出来る。
ただそうだとて、言ってはいけない事は存在する。
日本人にとって、原爆投下の話をされるのはキレていいと個人的には思っている。
「バーベンハイマー」の件は、アメリカでは原爆に対する教育は全く行われてはいない、またはアメリカ人は極めてアホという事を証明したと思っている。
そういう普通の良識ある大人なら、先のイラン核施設攻撃の成功を表すのに言ってはいけない事だと判断できると思うが、さすが79歳児は格が違う。
このしょーもないニュースがあんまり問題になる事は無いんだろうけども、この風化させてはならない歴史に絡んだ大国の長がこの認識である事は、イスラム教もユダヤ教もプロテスタントもいずれの原理主義者連中の同じ神の為にクソムーブを続くている事も併せて理解しておかないといけないのである。

