反動主義って言葉が、使う文脈も敢えていうならば使う人も好きじゃなかったりする。
この単語、左派の論者や批評家が右派との思想や振舞の違いを一方的に批判するのに使う事が多いものだからだろう。考え方的には、左派というものは常に進歩主義であるから反動や退行などないという表現には、いわゆる有害なポジティブさが溢れていると思う。
今でこそバックラッシュ(揺り戻し)という概念が一般化したから、そういうものへの反感は無いものじゃない事をみんな認識しているけども、僕が学生の時分はそういうのこそ正義的な人が沢山いたなと思う。
議論をする事が無用だと思わないけども、無用な議論は沢山ある。
んでもって議論を吹っ掛けるのが好きな御仁というのは、マウンティングの為にああこう騒ぐのが好きな場合が多い。
その事は覚えておかないといけないのである。
閑話休題、トランプ政権の一連のクソムーブは新反動主義だとか暗黒啓蒙と呼ばれるリバタリアニズムに基づいたものと思うべきなんだろうか。
この辺は書き始めると長いので省くが、社会保障とか学問の自由とか自由貿易だとか、専制主義国家か独裁国家以外は手を付けるべきじゃところに手を付けて、ごく普通の富裕層しか真っ当に生活出来ない様な社会構造に作り変えようとしている。
ピーター・ティール主導の偉大な自然淘汰の社会実験だと思うべきなのだが、流石にやる事なす事みんなアホ過ぎるのである。
週末毎にそのサイコパス達への抗議デモが規模が増しているのは、連中の社会的スキルの無さでは想像出来なかったのだろう。 X(旧ツイッター)では、#HandsOff2025で検索すると、アメリカの大都市圏での抗議の様子が確認出来る。
可愛くて人懐っこい鳥類からの抗議デモは、多分サイコパスのロジックなんか聞く耳を持たない程度には苛烈で、無駄な高額関税に対してゲキオコである。
果たして人間からの抗議は無視できても、ペンギンさんからの強行で苛烈な抗議に耐えられるのかだいぶ見物だと思うのである。
