先日から来るニュースで地下鉄サリン事件から30年経つのを思い知る。
この世界初の自家製造した化学兵器を用いたテロが事件っていうとんでもない出来事が、自分が今使う路線で起きた事をどれだけ考えない様にしているかをこういうニュースを見る度に思い知らされる。
僕は昔からバラエティ番組を見る為に時間を作るタイプじゃないし、この事件が起きた頃はまだ子供だったので(今もあんまり変わんない気がするけど)、この事件が起きる以前のオウム真理教の扱いについては、後にそれに付いて書かれた本である程度知った感じだ。
イロモノとして扱ったマスコミの姿勢がこの惨事に繋がった一因であるのだと、時を経るにつれて確信を深めている。
オウム真理教とその後継団体に付いては破防法が適応されていない。
だから今も彼らの活動は続いているのである。
僕も敬虔で模範的なスパモン教徒なので信教の自由は認めるべきだとは思うが、事件後に判明した様々な事実からオウム真理教内で行われていた修行とやらが信仰の為のものであったかという点は、明白に違うと指摘させて頂く。
ヒエラルキーを作る事、今までの所属を棄てさせる事というイニシエーションを経る事で教団に帰属するしかない構図は立派な洗脳のプロセスだ。
この構図があれだけの高学歴の面々が気が付かなかったのかという指摘がされる事もあるけども、僕は逆だと思っているのだが。
ただこの教団内のヒエラルキーとイニシエーションのデザインとその他のテロの下準備については、オウム単体で全部出来たかはずーっと疑問に思っていたのである。
何人かの製造系部門の幹部はオウムならお金出してくれたという旨の供述をしているので、科研費を削るのがどれだけヤバい方に流れるのかは、この事件と今のアメリカの状況が教えてくれるといえる。
この辺は指摘を始めると長いので敢えて書く事はしないが、そうした意味も含めてオウム関連の事件は首謀者達を処分して終わりにしてはいけない事件である。
まだ次の麻原やオウム幹部が、誰かの手引でいくらでも生えて来る構造が存在する事を知っておくべきだし、どこで自分がそういうものに絡め取られるか分からない事も自覚的でないといけないのである。

