これはニクソン大統領の外交指針で、何をするか何を考えているかさっぱり分からないクソムーブを連発する事でコイツを無視するとヤバいアピールを行い、敵対者を交渉の席に付かせるという方策である。
この考えの大元は、「博士の奇妙な愛情」のストレンジラブ博士のモデルとなり、やや過激な核抑止を唱えた軍事評論家のハーマン・カーンのものであるが、こうしたクソムーブを交渉材料にするのは洋の東西問わずに行われている事でもある。
日本人はこういうクソムーブを端緒にした交渉事にはあまり強くないけども、変な話取り合わない事も重要である。
ただこうしたクソムーブにマイノリティが絡んでくると途端に面倒さが増す。
その事に気が付いた純粋頭脳労働者がマイノリティの権力、いやマイノリティが他者を押し退けて優遇され君臨する権利を主張し過ぎたものだから色々と大変な事が多くなってしまったとも指摘出来る。
だからまあ、あちこちで起こっているDEI政策の見直しはその揺り戻しであるけども、ポリコレと同じ様に自分達と違うものは存在しないという考え方まで行き着いてしまわないかちょっと不安になる。
この運動の発端がムキムキマッチョ以外に存在価値がないという様なアメリカからというのがやっぱりちょっと怖いのである。
閑話休題、この狂人理論という字面が極めて物々しい考え方を現代で信奉しているのは、アメリカとロシアの大統領である。
そうした連中と渡り合う事はシンドい側面もあるが、真に受け淡々と足を踏みつけていけばいいのである。
ただそうされない為の反射制御のノウハウが旧共産圏にはしっかりあるのを、コロナ禍以降ひしひしと感じるのである。
今回のトランプの、明らかにロシアというかプーチンの肩を持ったクソムーブはこれのノウハウの影響を受けたものなのかはちょっと分からないが、一応の意図は察する事は出来るけども、これが買いかぶりな気がしなくもないのだが。
