「虎に翼」ももう明日で最終回を向かえる。
僕は脚本の吉田恵里香さんを「恋せぬ二人」と「ぼっち・ざ・ろっく!」で知って、本作を観ていたのである。
概ね非常に良くできた作品だと思うし、大いに楽しませて頂いたのだが、世間的な評価は後半に行くにつれて扱うネタが重すぎて失速したと指摘されてもいる。
閑話休題、確かに駆け足で詰め込み過ぎ感のある展開なのは事実である。
最初期のドタバタコメディ感は戦争を挟んだ事で一気に減った。
それだけ第二次世界大戦というべきか、太平洋戦争というべきか、それとも大東亜戦争というべきか、少なくとも僕にはわからないあの戦争が残した惨禍が大きかった事を思い知らされる展開ではあったと思う。
そして後半では史実の三淵嘉子氏とは食い違う要素があるせいで、本来は寄生虫研究を続けたはずのお子さんが挫折した事になってしまっている。
これは三淵さんの実子の芳武さんが死別した実父の和田姓を名乗り続けた事との整合性を取る為の方策だろうけども、事実婚というネタを組み入れる為に変な事になっているのは否めない。
更に言うならば、ゲイカップルの関係性についての描写も今の視点で描いている感はある。
これについてはその登場人物の職業の問題もあるのでエクスキューズは効くところではあると思うけども。
このまとまりの無さ感は、正直狙ったものであるだろうと思う。
劇中の人達が取り組んだ問題は、今も綺麗さっぱりと解決している訳では無いし、史実として法曹界での少年法の厳罰化問題や、学生運動や共産主義へのシンパサイザーを人事的に冷遇したのも事実ではある。
劇中ではあってはいけない事とされているが、それこそ少なくとも今の僕の感覚では、そういう主張の人達もいる事は理解出来る様にも描いている。
ここから考えると、当時取り組んできた問題があって今がある事、どんな主張や考え方生き方をしている人達でも法の下では平等である事とそれを示す為と守る為に戦って来た人達がいる事を描きたかったのだろうと思う。
誰も取り残さない作品にすると制作陣はインタビューで語っていたけども、わかりやすいオチを付けるよりも様々な問題に向き合った事を示す展開の方がそういう意味でもこの作品らしいと思う。
本来的な意味での、包括性ってこういうものだと思うし、そういう事を考えるキッカケを貰えた虎に翼のスタッフの方々には、ありがとうとお疲れ様を心から申し上げたいと思うのである。




