日本人にとって一番分かり辛い国際問題はやはりパレスチナ問題なんだろうと思う。

この問題、恐らくは高校で世界史履修して第一次世界大戦下で行われていたイングランド人の二枚舌行き当たりばったり外交のせいだと理解はしていても、実感が結構湧かない事も多いだろう。

ただ実際にパレスチナの人達が見舞われた悲劇に着目してみたら、キッカケを作ったイギリスのやった事とそれを後ろ盾としてユダヤ人がやった事のムチャクチャさも理解できるのではないか。
2000年ぐらい前に住んでた土地だからといって、そこにすでに住んでいたパレスチナの人達を武力を用いて追い出しワイらが住むでなんて道理が通るものではない。

ただまあユダヤ人にとってはナチスに滅ぼされかけた事実が、そんなクソムーブを正当化できるカインの刻印として機能した。

その刻印に実効的に力を与えていたのは、ユダヤ系のロビィ活動が機能していたアメリカと当事者のイギリスであるという訳である。

この状況を作ったバルフォア宣言、フセイン・マクマホン協定、サイクス・ピコ協定については省略するが(めんどくさいからである)、自分に関係ない土地をよその誰かが、既に住んでいる人達の立場を考慮せず、勝手に帰属を決めるアホさ加減を当事者が全く気付いていないのは何という皮肉だろうか。


この平和賞で知っておくべきは、パレスチナ側の暫定政府PLOのアラファト議長も、イスラエル側のラビン首相も、ガチガチのタカ派で紛争の当事者だった事である。

タカ派が何で和平合意を、と思われる方もいるかもしれないが、実際に戦争を最前線で戦った、または指揮した者だからこそ、紛争を続ける事の無意味さに気が付いた訳だ。
そこで無関係の第三者であったノルウェーのオスロで和平交渉が行われる事になったのである。

ただ引き金を引いて他者の命を奪う事の重みは、恐らく旧約聖書には書いていないし、自分達にカインの刻印がある事を信じる連中は解ろうともしない。



お互い殺し合わなくて済む道を探す事が、弱腰で敵に妥協したとされるのは実際に殺し合いをした事のない連中が判断するのは、フィクションに基いた国らしい皮肉な展開と言える。

こっから書こうとした事に行くと分量が凄いので、とりあえずオシマイ。