同担拒否という言葉が存在する。これは主にジャニーズファンの界隈で使われる言葉らしく、同じ対象を応援したくないという拒否反応の事を指すという事らしい。 


具体的な例を挙げたコラムがこっちなのであるが、なるほどなるほど、さっぱり解らない。 

少なくとも僕は、どれだけ嫌な奴だとか、居るだけ無駄なクソ上司とか国会議員先生の様な無為な存在であっても、例えばワールドカップの試合で一緒に一喜一憂出来るならば、そういうネガティブな感情は素粒子一つ分ぐらいは和らぐ。
面白いと思うもの、好きだと思うものは、出来るだけ共有出来た方が良いと思うのである。

とは言えども、一緒の空間に居るだけで肺が腐りそうなクソ上司が格ゲーで同じキャラ使ってたりしたら、ゲーム内だけじゃなくてリアルでもフルリソース使ったフルコンを問答無用でブチ込むと思うので、格ゲーマーはこの同担拒否をそうした同族嫌悪という心理的な働きだと思うべきなのであろうか。

まあこうしたある種の独占欲を煽る様に、アイドル文化とやらは成立している。
だからまあ、ジャニー喜多川問題ではファンダムがジャニーズ事務所を守る様なクソムーブを行っているんだろう。
少なくとも僕はこうした屈折を理解出来る様には、絶対になりたくない。


確かに選挙での勝利の為に神輿は派手で空っぽな方がいいという判断の共和党の保守派とトランプ信者では、議会制民主主義への向かい方が違ってくるのだろう。
これもアフガニスタンでタリバンをうっかり選んだお笑いな部族主義とやらと、トランプ派の目指すアメリカの将来は変わらない。
それこそ、同担拒否しながら世紀末的な社会を創り出したいんだろうと思うのである。