単館系という映画の括りは、果たして今も通用するのだろうか。

ミレニアル世代のおじ的に観るとミニシアターというのは、感覚的に大分減っている。


この辺は統計を探すつもりは出先の今はない。

でもミニシアター、またはそこでヒットした映画のソフトを借りて観るレンタル屋さんが絶滅危惧種になっているからそう思うのかもしれない。


かく言う僕も、基本的に観たい映画は近所のシネコンで事足りる事も多くなって来た。

マーベル・シネマティック・ユニバース作品は、ガーディアンズのみんなも遂に卒業したので、多分もう観なくてもいいや感は強いのだが、シネコン併設のスーパーに買い物に行く度に面白そうな映画ってたくさんあるなと思う。

ただこの監督の作品だからとりあえず無条件で行くぞー的なパッションは、サブスク配信に軸足を移している人達も多いので結構持ちづらくなっている。


そういう映画館に行かないエクスキューズはともかく、9月頭からウェス・アンダーソンの新作「アステロイド・シティ」が公開されていた。 

近所のシネコンでも前作「フレンチ・ディスパッチ」は公開されていたので、今回もそーなるものだと思っていたら、結構上映館数が少なくてびっくりした。

ならば細く長くやるだろうとも思っていたら、いつの間にか上映終了リーチ状態…

まあ今までの数作がシネコン公開されていたのが不思議だったのかもしれない。

とりあえず観れ無くなる前に足を運ぶ事にしたのである。


何を書いてもネタバレになるのでボカシモードで行くが、ウェス・アンダーソン作品はとにかくヘンテコである。

緻密に計算された、どこのシーンを切り取っても絵画になりそうな絵作りと、オスカー取る様な俳優陣の何処かテキトーで投げやりにも見える変な演技が変な風に両立し、ゆったりとしたテンポで剣呑な事態が起こる。

とりあえず能動的にその変な展開をツッコみながら観るのが正しい見方だと、あくまで僕は思う。


この「アステロイド・シティ」、不思議な二重構造を持つ作品であり、だからカラフルな場面とモノクロな場面が両立するのである。

宇宙人が出て来たり、ロケッティアみたいなロケットパックで飛んでたり、高校生がヤバそうなビーム開発してたり、そんな中でほのぼのと核実験してたりと、かなりカオスな1950年代でウェス・アンダーソンが描きたかったのは、時間は止まってくれやしない事とその流れの中で歩みを泊めて考える事の大切さだろう。


変な絵面とシュールなハチャメチャな展開なのに、描きたい事は煉獄さん的で優しいのである。

そんな変な作品で好き嫌いも別れるけども、機会があれば観て頂きたい作品である。