そーいえば、かねがね行きたいと思っていた「東京ジャーミイ」に行けていない。 


僕にとってトルコは憧れの国の一つであるが、今の国際情勢だとおいそれと行ける国では無いのは、とても残念である(とはいえマシな情勢であっても海外に出れたかと言われると難しい、でもエルドアン一世様は21世紀になってからずーっと権力の座にお着きになられていやがるのである)。


そういう僕の、本場のイスラム教圏の美術や芸術を観たいという感覚を満たしてくれそうなモスクが、代々木にあるのである。


実際に東京ジャーミイのサイトを見て頂けたらお解りになると思うが、宗教色が薄くオシャレである。

この辺は東京に順応する為の戦略かもしれないし、本来的にはイスラム教徒は良いと思った物を積極的の取り入れるスタンスである事も多いので、その両方なんだろう。


でもないとオスマン帝国の首都であったイスタンブールが洋の東西を結ぶ街と呼ばれる事も無い。

実際そうでなければ陶磁器を始めとした様々な美術品が、洋の東西で相互に影響し合う事もなかった。

この点において、オスマン帝国に感謝したいと思う。


イスラム教圏では、神の偶像崇拝を厳格に禁止している。

この辺はタリバン政権がバーミヤンにある石仏を嬉々として爆破しやがった事からもご存知の方は多いと思う。

ただ先にも触れた様に実際は他の文化には結構寛容というか緩く、金儲けになるならば良いやというのが中世から近代に掛けての異文化への接し方であった。

支配下地域での異教徒への接し方は、税金出せばどんな神様信仰してもええでという、ちょっとガメついけども必要以上に踏み込まない距離感だったのである。


イスラム教の聖典であるコーランは元々は口伝だった。

これはムハンマドが読み書き出来ない人物だったからとされている。

だからイスラム教圏において、コーランは声の文化であり音楽とも密接に結び付いている部分もある。

何ていうか、日本や仏教におけるお経みたいなものである。

また似た様な点として、銘文としてコーランの一節を日用品に書き記したりする辺り、写経と似た様な事をしている。


偶像崇拝は許さないが神の言葉と共に在る事で信仰を保ったというのは、様々な現象に人格を与えて共に在り畏れる事をしてきた日本人とは真逆だ。

ただ神様が側に在る事を忘れない為に、近しい者とする点では共通している気がする。

そういう相通じる要素に思い巡らせながら、いつ東京ジャーミイまで足を運んで見ようかなあと思案するが、残暑が収まってからと思うといつまでも行けないのではと思うのは気のせいだろう。

とりあえず、東京ジャーミイに併設されてるレストランのご飯をしばらくは楽しみに残暑をやり過ごそう。