本日8月15日は終戦の日である。
日本では戦争の愚かしさについては語られる事は多いけども、その愚かしさに巻き込まれて命を落とした人達を弔う事は、太平洋戦争の被害者様達に考慮してあまり喜ばれないのであるが。
戦争という愚行において、例えば敵味方と陣営が別れていようとも、失われた命は等しい。
被害者様がああこう抜かそうとも、同じ愚行に踊らされた事には変わりないのである。
だからそういう人達が祀られた所に参拝するをやいのやいの言われるのは、おかしい話だよなと思うのである(固有名詞出さない作戦)。
この日本に取っては終戦の日は、韓国に取っては光復節という独立を勝ち取った祝日にあたる。
この事実は戦争という愚行の両義性を示すものであろう。
それが良いとか悪いとかではなく、その両義性を考えていない人達のいかに多い事か。
僕の様なミレニアル世代は、ただひたすらに太平洋戦争を突き進んだ日本が悪い、中国と韓国にひたすら詫び続けろと義務教育では自然に教わってしまったけども、これ自体がある種のバイアスである事に気が付いたのは結構後になってからだと思う。
ただ僕はずっと上の世代のアホ過ぎるやらかしを、悪意のある、付き合いたくも無い隣人に喚かれて金をせびられ続ける不快感は結構早く抱いてた気がする。
そして韓国においては、時の政権がしょーもない不正ややらかしをする度に日本のやらかしを蒸し返せば支持率が上がるという魔法のカードだったのにはずーっと呆れ果てていた。
Jリーグサポーターにとって、韓国という国は結構難しい存在だ。
セレッソ大阪のキム・ジンヒョン選手だとか、キム・スンギュ選手みたいにリーグを盛り上げてくれる人格者もいれば、ACLで当たる韓国のチームはラフプレイが酷かったり。
素晴らしい人達も知っているからこそ、韓国の時の政権がバラ撒く反日無罪の価値観に染まっている人達をより残念に思う訳である。
ただ今のユン・ソンニョル大統領は、今のところ先に挙げた様なクソムーブとは無縁でありそうなリアリストの様である。
こうした独立を記念する日に、支配を敷いていた国とのパートナーシップをアピールするというのは結構考えられなかった事である。
勿論、韓国の現政権に下心がないとは思わない。
ただ現実問題として、戦争反対と自称平和主義者様方が暴力に訴えたって、歴史に偉大な指導者として名を残したい暗君という敬称が付く独裁者様は、その為だけに酷く稚拙な理屈と恐ろしく精度の悪いエイム精度で銃爪を弾きやがるのである。
その事を理解した人が隣人であるという事は、K‐POPのアイドルのカッコ良さや声をイジリまくった楽曲の良さを理解出来ない僕でも、ありがたいと終戦の日に思うのである。
とりあえず、今日はここまで。