誰も敗軍の将を好き好んで買って出る人なんていない。
降り掛かるストレスと敵からも味方からもぶつけられる憎悪には、耐える事なんてよっぽどじゃないと出来やしないだろうから。
でもそんな嫌な役回りを買って出た、英雄と言ったら即座に当人が否定しそうな、控えめなくせに大胆なリーダーが先月末に世を去ったのである。

ミハイル・ゴルバチョフといえば、禿頭に特徴的なアザのある人の良さそうなオジサンである。
僕らミレニアル世代がかろうじて物心付く頃だった80年代後半に、アメリカとソビエト連邦の東西冷戦を終結させた立役者である。
個人的にはアメリカ側の立役者とされるレーガン大統領より、ゴルバチョフ書記長の貢献というか大胆さに因るところが大きいと思う、この対立構造の終結がどれだけ大きな出来事であったか、この当時より今現在の方が実感出来る気がするのである。

ゴルバチョフはソ連的な政治的エリートとは程遠い、北カフカスの農村部の出身である。
結局共産主義というものは、形を変えた貴族主義や縁故主義に過ぎない事を歴史は残念ながら証明してい。
実際の農村や工業分野といった様々な現場を置いてけぼりにして、政治体制は腐敗するのである。
その事を現場を知っている上で、高等教育も受けた世代であるゴルバチョフは身に沁みて理解していた。
そして色々なめぐり合わせで、その腐敗をどーにかできる立場が周って来た際に、実際にやってのける事ができるという豪胆さは、大人になってからの方が理解出来るのである。

ゴルバチョフがそうした腐敗を認識し、豪胆に振舞えたのは、恐らくは学生時代からラテン語の詩に親しむ様な教養があったからだ。
自分の居る社会の外側を、詩や様々な文化に親しむ事で認識出来る。
つまるところ、自分の居る社会を俯瞰で観る、相対化する視点があったという事である。
こういう感覚を持つリーダーは、恐らく多分、それ程多く無い気がする。
ましてやロシアという国に於いては、かわいいものや甘いもの限定でプーチン大統領がかろうじて持っていた位だろう。

自らを分かりにくい男と称して、生前のゴルバチョフは自虐的に笑いを取っていた。
確かにお互いを滅ぼしかねない対立構造の解消という偉業は、核ミサイルを撃ちたいだろう国民性のロシアエリート層には理解出来やしないだろう。
冷戦終結、ソ連崩壊のごちゃごちゃをロシアはゴルバチョフのせいにしてやり過ごした。
そのツケを更に誤魔化す為に、同胞と言っても差し支えのないウクライナに手をかけている。

ゴルバチョフはこうした愚行を良しとしなかった。
表舞台に立てなくなっても、自分がやろうとした腐敗への戦いを、そうした歪みを正す事を止めなかった。
ロシア人が憧れる様な偉大であろうとするリーダーとは程遠いだろうけども、少なくとも僕から見たらずっと困難な事へ挑戦した素晴らしい偉人だ。
そうした方が無念を残して世を去るのは、もの凄く悲しい事だと思う。

少しでもゴルバチョフの挑戦がロシアで理解される事を祈りながら、穏やかでジョーク好きな、でも闘うと決めたものには徹底して挑む、分かりにくいオッサンを偲んで、この分かりにくい項を終わりにさせて頂く。