今年のノーベル物理学賞の受賞者は、日本人としては眞鍋淑郎博士が選ばれた。
先々週のNHK-Eテレの「サイエンスZERO」にて、眞鍋博士の研究についても触れていた。
今回眞鍋博士がノーベル賞を受賞した研究である「地球気候の物理的モデリング」については、コンピュータの黎明期に行われた研究である。
この時のノイマン型コンピュータ(ポケモン初代のシルフカンパニーにある変なテープみたいなオブジェクトである)は、どれだけ高機能なものでもいま市販されている関数電卓程度の性能しかなく、当時としてはとても高性能だとしても出来る事は限られていた。
その制限の中で何が気候に作用する変数であるか、様々な要素を削ぎ落としてモデリングしたという意味合いの事を述懐していた。
この物理的モデリング実験は当時から50年以上経っているのに関わらずに、現在のスパコンで計算した予想モデルとほぼ結果が変わらないという状況であり、技術の進歩が眞鍋博士の研究の正しさを証明するという中々に面白い展開である。
この際に眞鍋博士はこのモデルが環境変動、特に地球温暖化の構図を解き明かす物になるとはあまり思っていなかった様子であるのがさらに面白い話である。
そして上記の記事にもある様に、好奇心(Curiosity)という単語を繰り返し使われていたのだが、この冷泉彰彦さんのインタビューのまとめ(リンクにある朝日新聞の記事リンクは有料記事だった、わかったよ、図書館で読むよ)にある様に、好奇心をステップにして出来る事を考えると言うのはとても大事なんだろうと改めて思うのである。
この記事で冷泉さんも指摘している様に、考える事に蓋をしない事はとても重要で、今有る事象のその先に付いて考える事で何か動かせる問題もあるかもしれない。
でも、そうした行為は中々エネルギーを必要とするものであるのも事実である。
ただ、好奇心というのはきっと色々なものに触れないと生まれない物だろうとも思う。
せめて僕のこのしょーもないブログの文章が読んで頂いた人のなにがしかの好奇心をくすぐる様なものでありたいとは思うのだが、果たして。
問題を認識出来るという事は、その問題に触れられるという事でもある。
そういう事実は、きっとどれだけ小さなものであろうと忘れてはいけないのだろうと思う。