この報道より先にトム・クルーズが宇宙での映画撮影を企画していると報じられているが、現在ミッションインポッシブルシリーズの二本撮りに挑んでいる上にこのコロナ禍である。
恐らくトム・クルーズが宇宙に行くのは当分先になるだろう。
閑話休題、最近宇宙旅行関連のニュースが続いている。
今夏にはアマゾンのジェフ・ベゾスとヴァージンアトランティックのリチャード・ブランソンがそれぞれ自身の会社が手掛ける宇宙旅行会社の試験飛行で宇宙に赴いた。
一般庶民が宇宙に上がる事が出来るのは数世紀先だろうけども、少なくとも富裕層レベルでは宇宙は新たなバカンス地になるのはそう遠くなさそうだ。
これだけ聞くと宇宙旅行にはショウビズ要素が付いて回るのだなとも思うのだが、こうしたショウビズでしかない宇宙旅行より地球に目を向けろと至極まっとうな事を言って炎上してしまった人がいる。
イギリス王室のウィリアム王子である。
超要約をすると新たな地球を見つけるよりも、地球を修復する事にも労力を割くべきであるという旨の事をこの宇宙旅行開発競争に対してコメントして、地球環境の保全を訴えたのである。
英王室は今年亡くなられたフィリップ殿下とウィリアム王子は著名な動物学者のデイビッド・アッテンボローと親密で共同で環境保全プロジェクトを立ち上げている。
エリザベス女王とフィリップ殿下はともに知的好奇心の旺盛な方でアポロ11号の宇宙飛行士を招いているのだが、ウィリアム王子に関してはこの宇宙旅行開発競争を「貧困層から見たら宇宙旅行するカネがあるならパンをくれと言うんじゃないか」と茶化してさえいる。
そうしたウィリアム王子に対して、前述のシャトナーは「宇宙にいる事を誇示する目的ではなく、宇宙に産業を興す第一歩だ」とウィリアム王子を批判している。
正直に言って、この双方の主張にはどちらに道理がある。
ただこのベゾス・ブランソンの推し進める宇宙旅行開発は、ウィリアム王子が恐らくそう思っているであろう金持ちの道楽の域を出ていないとも思う。
簡単に宇宙に上がれる筋道が出来たとて、そこが目標になっている感が否めないのである。
ただこのコラムでも指摘がされている様に、若年層というか次世代が現行の科学技術について環境を消耗させるものという前提に立ってしまうと凄くマズい事になる。
この萌芽は環境左派というかグレタ・トゥーンベリのフォロワーや中国共産党指導部に見え隠れする。
ウィリアム王子やディビッド・アッテンボローの指摘は至極まっとうである。
ただ文明の停滞は権力が起こすものではなく、社会や文化が起こすもではないかと、何となくこのコラムを読んで思ってしまった。
反出生主義の様なジレンマが宇宙開発にも付きまといかねないのではないかと。
この民間宇宙旅行開発は確かに金持ちの道楽に過ぎないけども、これから議論されないといけない軌道エレベーターや宇宙での太陽光発電・送電計画は否定されるべきではないと思うのだ。
こうしたSFガジェット的な未来や憧れをグレタや習近平国家主席や小泉進次郎議員は否定をするだろう。
ただそうしたガジェットへの憧れは技術の進歩には大いに必要である。
こういう憧れや夢や目標を、行き過ぎた環境保護主義に否定されない事を願うのは間違いではないだろうと思うのだが。