この「ハーブ&ドロシー」、小粒ながら中々の佳作である。
あらすじを説明させて頂くと、ニューヨークに住む年配のご夫婦の生活を追ったドキュメンタリーである。
このご夫婦、ニューヨークの1LDKのアパートで慎ましやかに暮らしながらも、二人で協力しながら現代アートの作品を自分達の部屋に収まる範囲で収集していたのだが、それが実は大変な価値のあるものであったというものである。
かなり身も蓋もないあらすじになるのだけども、このご夫婦が集める様な小さな作品でも実は大変な価値が出るものであるという驚きと、このご夫婦の作品を選ぶ時のなんと言うか楽しそうな感じがとにかく微笑ましい作品であった。
正直に言わして貰うと、何じゃこれと言いたくなる様な作品も結構あった様に記憶しているのだが、そうした物でもこのご夫婦はなんか良いと思って自分達の出せる金額で収集し続けて来たのである。
そしていつの間にか知る人ぞ知る名コレクターとなったのだ。
その中に名だたるアーティストの無名時代の作品が沢山あって、ワシントンにあるナショナルギャラリーから展示させてくれという話が来るのだが、このご夫婦あっさり寄贈しちゃうのである。
そこに関して売れば儲かったのではとツッコむのはきっと全く持って違う。
このご夫婦は自分たちが良いと思った物をみんなに観てもらおうと思って、多分自分たちの終活も兼ねてだが、ナショナルギャラリー以外にも寄贈している。
もともとアート作品というのは、作者の訴えたい何かを表現した物だろうと思う。
そうした衝動というか技術というか、そうした物をこのご夫婦は面白いと思って集めてきたのだ。
そしてそのいくつかはいつの間に重要な価値を持つに至る。
このご夫婦にとっては、その価値の変遷が重要な訳じゃ無く、その作品と作者の訴えたい物こそが重要だった訳である。
きっとこの点が昨今のNFTやらモダンアートバブルと一線を画するところであると思う。
そして美術品やらアート作品はそもそも論として投機的に扱われるものでは無い事を改めて思い出させてくれるのだ。
美術品やアート作品の価値は誰が決めるのか、問うなら市場が決めると言わざるを得ないのだけども、その市場や市場を操るディーラーや評論家達は何を扱っているのかと現状から乖離した、いやさせた状況をどう考えているのだろうか。
少なくとも僕は、美術やアートはきっと何だか凄いとか、何だか面白いというのが先にあって理屈は後から付いてくる物であって良いと思うのだ。
作る人も観る人もね。
全然話が纏まんないが、この「ハーブ&ドロシー」、結構オススメである。