ジェントリフィケーションという言葉をご存知だろうか。
とあるエリアで某かの産業やビジネスが興って繁栄すると、地価や賃貸料の上昇が起こり元々住んでいた人達が締め出されたり、収入が上がっているのにも関わらず生活が良くなっていかないループに陥る事である。
アメリカで考えると、カリフォルニアがやニューヨークが解りやすい。
カリフォルニアでは、アップルやグーグルといった名だたるIT企業があるが高収入を得ている従業員達はその社屋周辺の高い家賃に苦しんでいる。
ニューヨークも芸術やベンチャーの都なのに、駆け出しの方々は狭いアパートにバカ高い家賃で暮らしている訳である。
もちろんこれはアメリカに限った事では無い。
事実、東京23区内は戦後長い時間を掛けてこうなって来たんだろうと思う。
もちろん賃料が高いのは住居だけでは無く、オフィス賃料も高い訳である。
そうなる事でその土地の価値は上がったとて、実際に住む人とは縁遠くなり、最終的には街が空洞化してゆくのだろう。
推測で留めているのは、コロナ禍でこの辺の歪みが是正されそうな感じが少し有る様に思うからだ。
ただアメリカでこのジェントリフィケーションが酷いのはまた別の理由がありそうで。
ただまたこれは別の話。
閑話休題、この上記のアメリカはオレゴン州ポートランドについてのコラムはそのジェントリフィケーションに苦しめられてきた街である。
いつの間にかもとから住んでいたが締め出された人達はどうなるのかと言うと、貧困層に落とされる事も多い。
仕事も低賃金な重労働をせざるを得ない。
それを打破する為には教育機会を得て高収入な仕事に付かなければならないのだけど。
アメリカではコミュニティカレッジという短大と専門学校を混ぜた様な公立の教育機関が存在する。
こうした教育機関で実務的な教育を受けて働き、学費を稼いで四年制大学に編入して行くのだけどもそこで教育ローンという物が牙を剥く。
このコラムでは機会の平等を謳うことは容易くなったが、実現は難しいという当たり前だけども重要な問題を改めて指摘している。
だからこそ何が自分や他人にとって重要な事か、人生を豊かにする事かを考え続けないといけないのである。
何を書こうとして、どうオチを付けるかが分かんなくなって少し良い事風な事を書いて終わらせたフリをしているのはナイショなのである。