個人的にはティルダ・スウィントンをエンシェント・ワンにキャスティングした人は天才というか慧眼だと思っている。
あのスキンヘッドでスマートな出立は性別・年齢はもちろん人間ですら無さそうな感じがドクター・ストレンジのお師匠さんにはぴったりだと思ったのだ。
もちろんベネディクト・カンバーバッチも最初観た時もクセのある顔だなと思っていて、見慣れたらシャーロック・ホームズみたいな浮世離れしたキャラクターにはぴったりだなと思い始めた所に、イミテーション・ゲームのアラン・チューリング役やドクター・ストレンジ役といった孤高の天才役が続いたのは思わず納得してしまったのだ。
この師弟の浮世離れっぷりのキャスティングの見事さで「ドクター・ストレンジ」は半分以上成功した様なもんである。
ただマッツ・ミケルセンが悲しい過去があるのを感じさせながらも小者役だったのが途轍もなく勿体無いキャスティングではあったが。
どう考えたってMCUエアプ勢の戯言だと思うのだが、ポリコレ勢の対応は大変である。
閑話休題、上記のリンクのティルダ・スウィントンの記事であるが、やはりこの人は見た目どおり超然とした人である。
ここまで自らのジェンダーについて俯瞰して見る様な発言をする人はそうはおるまい。
ただ僕はティルダ・スウィントンの言う様な自覚は変わるものだという意見には共感するのである。
ティルダ・スウィントンの場合は表現者としてのベースがある事は抑えて置かないといけないが、皆誰しもジェンダーに対する自己認識に縛られている、または他者をジェンダーアイデンティティに縛り付けようとしているのではないかとも思う事がある。
僕はティルダ・スウィントンみたいな柔軟性や寛容さと自由な想像力こそがジェンダーや人種の問題を救うのではないかと思う。
上記の問題には必要な闘争もあるだろう、でも戦う物ははてさて正しい物なのかとも思う事もある訳で。
このヴォーグの記事はグーグルが教えてくれたのだが、なかなか出物の記事であったと思う。
ジェンダーについてアイデンティティについてこんな捉え方もある訳であり、こういう視点も必要であると思う訳だ。