電通やら竹中平蔵案件やらIOCには金を注ぎ込むクセに、こういう人にはローコスト五輪である様に振る舞うんだね。
上記のリンクはロイター通信の取材による東京五輪によって、2度も立ち退きを余儀なくされた男性の話だ。
若い頃の1964年の東京五輪に関しては、生まれ育った家から離れる事に寂しさを感じながらも、栄光の瞬間を迎える戦後の日本に貢献出来る事に対して誇らしく思っていたとの事である。
戦後を生き抜いた人達にとって、本当の意味で戦争からの復興の象徴として東京五輪が重要な意味を持っていた事が偲ばれる話である。
それだけで終わるのであれば、この男性にとっても普通の日本人にとっても戦後復興の素晴らしいエピソードで終わっていただろう。
まあIOCやらスポンサー様方がその事を許さず、ケータイ小説や聖剣伝説4(ごめんなさい、やってないや)やブレイブリーセカンド並の追加エピソードを書き加えたのだが。
この記事で腹が立つのは、もう年齢的にリタイアされた方に向かって端金で追い出そうとするこの姿勢である。
この方はご家族がいたのが幸いだったけども、そうでない人もいただろう。
あえて言うなら年配の方にとってコミュニティが消滅するというイベントは途轍もなく堪えたのではないか。
実際この方の奥様は体調を崩して亡くなられている訳なのだ。
この方は東京五輪の成功を祈ってくれている。
こういう方の優しさの上に東京五輪は成り立っているのである。
その事にIOCを始めとした関係者は気が付けるのだろうか。
無観客でやらざるを得ないのに増便するJRを始めとした鉄道各社の判断にも驚愕せざるを得ないのだけども。
誰の為、何の為のスポーツイベントなのか。
決してバッハ会長と習近平国家首席の睦まじくただれた蜜月の為では無いのだ。