「愛される中国」、矛盾に満ちたパワーワードである。
そういうモノをさらりと目指す習近平国家首席は偉大であるが、御自宅いや所有されている宮殿に鏡というものが存在しないのだろう。
または鏡に映らない存在であるのか。
それならば中国共産党領土内でキリスト教・イスラム教を虐殺する理由にはなるよね。
習近平国家首席いわく、中国は世界に正しい姿は理解されておらず、その力と立場にふさわしい認知を国際的に得られる様に努力しろという事らしい。
確かに中国共産党は誤解をしているのである。
もし愛される国でありたいのであれば、報道官がわざわざ自国内で封じているツイッターを使って他国の抱える環境問題や平和維持活動について煽ったりはしないだろう。
こういうスタンスを戦狼外交というらしい。
言葉だけはカッコいいが、実際のところは戦ってる姿を見せてるだけ、ただのイキリな訳だがここでも鏡を省みる事はしない様だ。
こうしたイキりをカッコよく思うのは、それがカッコいいと思う文化にいる人間だけである。
隙あらば虐殺、国外に住む中国人は転売に涌く様は愛される人物像とは正反対である。
国際的な政治的地位とやらは、国連機関の要職を非主要国から選ぶという慣例を利用したマネーゲーム(ああ、なんて控えめな表現)に勝利しただけである。
まして今回の武漢由来の新型コロナウイルス(あえてこの表現)の件で決定的な評価を得ている訳だ。
存在するだけで厄災をもたらす有史以前最悪の邪悪な帝国であると。
無論コレはあくまで中国共産党とその指導部と国とその文化に対するモノで個人に対するものではないというのは付け加えておくが、僕のランニングコースである川辺で水質改善用の牡蠣を潮干狩りして喰い荒らしてコースに捨てているのを見ると問答無用で中国共産党に対する怒りをぶつけたくもなる。
愛の対義語は無関心であるとはよく言ったもので、コレだけヘイトを集めたら無関心でいる訳にもいかない。
ただ上記のコラムにもある様に、中国共産党と習近平国家首席は愛されたくって、IOCやら国連関係機関の偉い人達と蜜月を重ねている。
だが国家として発信するメッセージは高圧的でレベルの低いイキり芸だし、ヤッている事も虐殺や違法行為、金を積んだロビー運動でどう好意を持てと言うのであろうか。
まず愛されたいなら鏡を見ろと思う。
監視システムの映像や肖像画家はきっと中国共産党を体格の良いハンサムな姿を描くだろう。
だが実際は醜く肥え太った半人半豚の姿でしかない。
ただ真実と向かい合わないと様々なディストーションにも気が付けない。
まあ、鏡に映らないならもう世の理から外れた存在になってしまったんだろうね。