*月桃鏡* 水と桃と剣と3

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月・桃・鏡 スピリチュアル女子 三人のブログ

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 色々とあれから個人的に考え直したのですが、瀬織津姫とスサノオが例えひと時でも夫婦であったときが存在したのではないか、と。

私の感知する神々は「神上がってからの神々である」と考えたときに神代で神話で語られた神々はかつては地上で肉体を伴って生まれてきて生きてきた。よって血から神々が生まれたとか刀を口に含んで吐き出して神々が生まれてきたとか右目、左目からそれぞれ神々が生まれてきたというのは比喩であって子はまぐわいによって神々は生まれたのであって肉体がある以上は例え神でさえも物理的な法則からは逃れられないのではないかと考えました。

 

比喩で語られた神々の誕生は実は比喩ではなく、神が生まれる時そこに必ず母神、父神が存在すると考えたとき、本当の歴史が見えてくるのではないでしょうか。

 

○天照大神とスサノオの誓約

 

このパターンを考えたとき、アマテルは男性神でしたので男神同士では子は生まれないので違いますね。また天照大神は後のヒミコに置き換えられましたがこの時は天の岩戸の戸開きより前の事ですのでアマテル男性神の妻神とスサノオにより子を作ったということになります。

アマテル男性神の妻神は瀬織津姫ですからスサノオが宮内で女性を妊娠させて子供が生まれたというのは実は瀬織津姫とスサノオのことだったのです。

 

 古事記は天武天皇の命で編纂されたのですが瀬織津姫を古事記に登場させるのには色々天武天皇にとっては不都合だったのです。天武天皇は天皇のルーツを神の祖先と自分を結び付けることで地位をより確かなものにしたかった。一方尾張氏からはアマテル神をしっかりと祀ってほしいという依頼とお互いの利益が一致したために古事記編纂へと天武天皇は乗り出すことになります。

 アマテル神は崇神天皇の時祟られたという実績があるため当時は祟神と言われていた為、アマテル神を押しだすことができなかった。かといってアマテル神の正妻である瀬織津姫を表に出すことはやはりアマテルを民衆に思い出させてしまう。そのうえ悲しいことに怨霊でもあった。ゆえに歴史からは隠さなくてはならず各地の祭神も変更せざるを得なかった。アマテルではなく自然の太陽神を祀っていた巫女であるヒミコを天照大神として祀りあげることにしました。

 

 物語のベースはホツマツタエを参考にしていたのではあると思われますが天皇自身に都合のいい歴史に変更しなければならず変更された点は多くあるのだと推測されます。

 ただ、いくら天皇の権限で編纂されたとはいえどうしても隠すことはできなかったことは書けない、しかし実際の歴史書に仮にでも天照大神とスサノオはきょうだいという設定になっている以上二人で交わって神が生まれましたと書けば大スキャンダルになり、神々を祖先につなげたい天皇としては都合の悪い事象になってしまう。そこで神としているんだから誓約として交わらないで神々が生まれたということにしよう、としたのです。

 

 ○日本書記に置いての月読神と保食神の記述から外宮の神を考える

 

月夜見尊が保食神の所へ行くと、保食神は、陸を向いて口から米飯を吐き出し、海を向いて口から魚を吐き出し、山を向いて口から獣を吐き出し、それらで月夜見尊をもてなした。月夜見尊は「吐き出したものを食べさせるとは汚らわしい」と怒り、保食神を斬ってしまった。それを聞いた天照大神は怒り、もう月夜見尊とは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになったのである。

天照大神が保食神の所に天熊人(アメノクマヒト)を遣すと、保食神は死んでいた。保食神の屍体の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれた。天熊人がこれらを全て持ち帰ると、天照大神は喜び、民が生きてゆくために必要な食物だとしてこれらを田畑の種とした。(WIKIPEDIAより転載)

 著者の説では月読=アマテルですのでこの場合、アマテルと保食神との一夜のアバンチュールな話へと変換されることになります。よってこの話では天照大神=アマテル=月夜見となります。伊勢外宮での神は一般的な説では豊受大神は天照大神の食事を用意する係で天照大神が夢で話したから外宮がおかれたということになるのですが、著者の説ではホツマツタエでは豊受大神はアマテルの祖父でありアマテルの師匠だった。ゆえに男性神である。しかし保食神はアマテルは男性神なので保食神から神が生まれるにはやはり保食神は女神でなければならない。豊受大神=保食神という法則はここで崩れるのである。

 

 しかし他の説でやはり豊受大神は女神である伝説も残されている事を思うと考えられる説は

 

①保食神は女神であり伊勢の外宮に居たが豊受大神とは別人だった

 

②豊受大神は男神なので男性同士では子供は生まれない

 

③豊受大神が稲荷神になったという説があり、弁財天と同一視されている説もある

 

④外宮には夜になると月夜見宮から月夜見尊が馬を走らせ豊受大神に人目を忍んで会いにいくという伝説が存在する

 

つまり、外宮には二柱存在して、正宮はアマテルの教育係であるトヨケが祀られている。多賀宮では女神である保食神が祀られていてアマテルの食事をトヨケとアマテルに用意する係だった。

 

 私たちは多賀宮が大切な宮であり、ここで祓ってもらって内宮に行くのだと教えられた。ということは保食神は祓いの神でありながらも食担当の神であるということ。神々の世話をするということで巫女だった。豊受大神が稲荷神と言うのはトヨケではなく保食神のほうだったということ。こちらの女神は見たことがあります。しかも他の方とキャラが被っているなと思っていたんです。ものすごく似ているんです。保食神、玉依姫、弁財天、そして稲荷、そして箸墓古墳に祀られている倭迹迹日百襲姫命( やまとととひももそひめ)。倭迹迹日百襲姫命はヒミコとは外見も全く違う別人だったことは確か。倭迹迹日百襲姫命=台与説があります。台与は「トヨ」と読みます。豊受神は二人いたように変更させられたのです。外宮から先に参るのはアマテル神の師匠だから敬意を表して、ということでしょうか。

 

 倭迹迹日百襲姫命=台与説だとすると倭迹迹日百襲姫命は大物主の妻になります。大物主=ニギハヤヒ=アマテルですつまりアマテルが巫女に手を出したということでもあります。

 また倭迹迹日百襲姫命は保食神という役割を仰せつかったので後に稲荷と呼ばれるようになった。伏見稲荷でのウカノミタマノカミは月夜見尊と稲荷との夫婦である状態をいうのです。

著者の勝手なる推測であるので・・フィクションということでお願いします。もしもこういうパターンもあるかもしれないと考えてみました。

 

五男三女神はこの表ではバラバラになってますがスサノオとセオリツヒメから生まれてきたということになります。ニギハヤヒがアマテルであれば一柱が空白になるのでそこに誰かが追加されるといった形になると思います。

 

 

 

もういちど、思うことがあって古代日本神話について考えてみることにしました。とはいえ著者のとある一説であり、妄想の域を出ないことをお断りしておきます、

 

【各書物の成立年代と作者】

 

①ホツマツタエ 成立年不詳 編者 天の巻・地の巻 クシミカタマ 人の巻 オオタタネコ(但し発見された書物は江戸期に製本されたものであることから偽書とされている)

収録は神代から神武天皇誕生までが天の巻、地の巻、人の巻はヤマトタケルまで

 

②古事記 西暦712年 太安万侶編纂 、元明天皇(女性天皇 43代)に献上(天武天皇の命によって)

神代から三十三代天皇まで

 

③日本書記 西暦720年 舍人親王ら撰

神代から持統天皇まで (天武天皇の命で編纂されたとされる)

 

【各書物の編纂の理由】

 

①不明

②乙巳の変で歴史書が燃えてしまったから。「国記」は無事で天武天皇に献上されたものの現存はしていない

③不明

 

【編纂の理由についての疑問点と推測】

 

正史とされているのは古事記と日本書記であるもののお互いに矛盾していることがひとつ。

②③について、天皇家の血筋をより確かにするために神と結びつけるためのものの歴史書にしたかったから歴史が都合よく改ざんされている可能性もあること、また天皇の命で各神社の祭神の名を変更させた実績もあることから天皇にとって都合の悪い神は消された・・・のかもしれないこと。

天武天皇は自身のための歴史書を作らせたとするなら、何故同じような時代に別の歴史書を書かせたのは何故か。そのような理由とは何か。
一般的な説では古事記は国内向け、日本書記は外交向けの書物であって前者は細かく、後者は出来事を淡々と描かれているといったようなものらしい。

 

①については製本された時代が最近であることから偽書とされているものの書かれているものすべてが嘘かと言えばそうだと言いきれないところもあるのだ。著者の推論だと、神武天皇がオオタタネコに書くように命じたのではないか、と。真書だとするなら、ではあるのですが。

オオモノヌシが編纂を命じたと当初は考えていたのですが神武天皇が天皇の経歴を確かなものにするために命じたものだとしたほうがわかりやすい、と考えたのです。

 

自分が神々に子孫を持つ正当な血筋だということを歴史書として後世に残すためだと思うのですね。神武天皇=第十代の祟神天皇だとすれば・・・・編纂者を神名にしたほうがより確かなものになると考えたのでしょうか。

 

結論として天皇自身の都合のいいように歴史は作られ改ざんされたとすることができます。しかし、全てが嘘なのかといえば命じた天皇でさえも隠しきれない事柄もあったのではないでしょうか。

各書物が編纂された時期、命じた人物を考察してみることでどんな立場で誰がどう書いたのかが見えてきます。

 

古事記、日本書記が正史とされているのはそれは天皇家は神の子孫だと書かれているからであり、当時に書かれたものだとされているから信憑性も高いと研究者が認めたからなのだと思います。

 

神々の謎を解くには古事記、日本書記、風土記等資料を参考に考察、フィールドワークが欠かせないものなのです。

 

※出雲風土記は元明天皇の命によって当時の出雲国造が編纂した。(当時の出雲は中国地方東半部から近畿地方全体、そして東国まで及んでいたという説がある。)

出雲の民にとって都合のいい話が・・・とも考えられるもの、また天皇の内容に対する命も有ったと思うもののなんらかの事実に基づく脚色があったのではないかと推察される。

 

 

少なくともオオナムチ(大国主)は実在していたかどうかはともかくとして、何らかの形での国譲りの話があったことは間違いないと考えていいのではないでしょうか。実在していない場合は少なくともモデルになるものがあったと思いますが・・・。

 

色々と推察するのは正しいものですね。

 

書物は真実へのヒントはあるけれども嘘も有ると捉えて疑いながら検証することも必要なのではないかな、と感じています。

 

神社に足を運ぶことは検証の一つでもあるのです。

 

A:神はすべてが作られたものではなく例えばそれが自然神だったり神聖的なものの何かを神としてあがめていたという場合

B:実在している人物をモデルに神を作った(実在モデル説)場合

C:人間が祟りを恐れて祀られた怨霊説

D:人間が祀られて神となった説
E:全くの架空の神を作成した

 

考察するのは楽しいものですね。

 



癒しスタジアム in 神戸 VOL..8 
10/28 日曜日 10:30~18:00
神戸ハーバーランド・スペースシアター
(神戸ハーバーランドセンタービル地下1階)※吹き抜けのフロアになっています
入場無料です

この機会にぜひお越しください

ブースNO.62です

ルルドのマリアさんの隣です。またしても奇遇ですねにやりラブラブ

ぜひともお待ちしています





 

さて、みなさま。満月は無事見られたでしょうか?
厳密には今日の午前1時頃が満月だったようです。昨日見た月が一番満月に時間的にも近かったのではないかなと思っています。




とても神々しくて、吸い込まれてしまいそうなそんなうっとりしてしまう月の光でした。

月の女神イシス。

イシスは月の女神というより厳密には月の神から教えを請うていたとされています
イシスはシリウスを神格化させた女神だということなのだそうです。

イシスはハトホルと同一神で牛の角の間に太陽をモチーフにした被り物をして描かれることもあります。
シリウス。シリウスは太陽の次に地球からみえる恒星のなかでもっとも明るい星となり、シリウスの女神、ソティスとも習合されて同一神ともされています。
太陽をシリウスと置き換えた場合、月は鏡と置き換えた場合、シリウス(太陽)→鏡(月)→地球 へと比ゆ的には反射されてシリウスの光が地球へとやってきているということになります。

太陽の象徴は鏡だった、となると伊勢内宮のご神体は鏡→本当は月である(※一説です)→月読=アマテルを祀っていた?と考えるのも面白いのかもしれませんね。

というわけでして、月は太陽の光を反射していて太陽が昇っているうちはラーでした。しかしイシスはラーを助けたときにイシスはラーの本当の名前を知ることになります。本当の名前を知るということはその名の者の力を得ることに等しいのですね。ゆえにイシスは太陽(シリウス)の属性も備わっていたということなのですね。

イシスの女神よりシリウスヒーリングを神戸のイベントで初披露させていただこうと思っています。

こちらは20分で 2000円となっています。イベントでのセッションとなっていますのでよろしくお願いします。

なお、ハンドトリートメントのみは10分で500円となっています。(メッセージ無し)
メッセージ付きはプラス500円となっています。

月よりのセッションメニューは以上となっています。皆さまのご来場お待ちしています。


10/28(日)神戸癒しスタジアム 
神戸ハーバーランド・スペースシアター1階 10:00~18:00
お待ちしていますラブラブ

 今月は神無月ではあるのですが、どうも神様たちは旧暦に合わせて動いているようです。出雲の神迎祭になると完全に出雲に集まってしまうという感じなのでしょうか。
 神様が旧暦10月に島根県の出雲に神々が集まるのなら、伊勢系の神様はあつまらないでムスッとしているのでしょうか。
 その辺は・・・どうなのでしょう?

 

 アマテルは大物主神でもあるから(=大国主ではない)こちらは当然参加として・・・

 

 参加するよ、とおっしゃるかのごとく、意識向けたらうなづいておられるようです。

 主催側の大国主神は神々を迎える準備もあるでしょうから一週間前からいなくなっちゃうとして、今は各地にいらっしゃるという感じではないかと思います。

 

 では伊勢の方はどうなるのでしょうかとチラリとお伺い立てましたら三日間ほどは出雲に顔を出すのだそうです。それほどに神様方総出による重大な会議なのだということなのですね。

 

 それぞれのご縁を決める会議だそうですね。

 神戸の癒しスタジアムではこちらでは長月(旧暦)ということで出雲の神様のヒーリング(メッセージ付)のセッションをさせていただこうと思っています。

  大国主神ヒーリングセッション 2000円 20分
  
   大国主神は偉大なエネルギーの神様です。縁結びでも有名ですね。縁結びは恋愛だけでなく仕事とか友人とか必要なご縁を結ぶともいわれています。またご神徳は結びだけでなく多方面に及んでいてオールマイティーです。
   とても情熱的でパワフルな神様です。縁結び以外でも癒されたい、と思われる方にもおすすめです。
  



10/28(日) 神戸癒しスタジアム VOL.8 神戸ハーバーランド スペースシアター(1階にて)
10:30~18:00まで

 

今月末ですので注意してくださいね☆

ブース番号はNO.62です


予約も受け付けしています。
予約のお申し込みは
gettoukyou☆gmail.com までお願いします。
(☆を@マークに変えてくださいね)







前回のブースの様子です。

ヒーリングワンドを使ったセッション、水鏡リーディング、オイルを使ったセッション
ハンドトリートメント等予定しています。

詳しいセッションの案内は後日ブログにて紹介させていただきますね♡

 

今回は考察の考察です。というか、妄想と言うことで聞き流していただきたいのですが・・・。

 

歴史のIFシリーズ。

自分は何を考えていたか、何をしようとしたか、ですね。

 

神社をめぐって感じたこと、古事記や日本書紀、ホツマツタエで書かれていることを比べて体験とすり合わせたら一番納得のいく流れが、例の神々の系譜でした。

そうだとしたら自分で納得がいく、無論、他の人にとっては例え真実ではなかったとしても・・・。

 

真実の歴史がどうだったかは正直分かりません。

 

自分が書いたことが本当に起こっていたとは思いたくないんですね。殆どの神が怨霊説であったなら符合させたのが歴史のIFの話でした。

 

普段接している神は祟りとかありません。神にとっても性格はそれぞれあります。

怖い部分があるとするなら、役割的に厳しくせざるを得ないからというのもあると思うんです。

 

穏やか過ぎては祓うものも祓えないから、とか。護るために強いから、とか。

例えば不動明王。とても怖い表情ですが。どうしてなのでしょうか。

 

不動明王なりの民衆を救おうとする故の強い決心であり、熱血漢をあらわしているのだとも取れます。皆を導こうとするが故の表情なのかもしれませんね。

 

神様は剣を持っていたり、鎧をまとったりしていますが、あれは戦争のためではありません。剣は戦わない、戦ったら傷つくものがいる。たたかわないことの戒めであり、剣は癒しの道具や、儀式に使われたり、神性の象徴でもあるのだと考えています。

 

鎧は魔やよくないものから護るよ、という分かりやすいアピールなのだと感じています。

 

どの神様も仲良くしています。怨霊とされているかたも神社に行けばきちんと接してくださいますしお優しい方が殆どです。一見、怖そうに見えても、護ろうと真面目になるがゆえの姿だったりします。

 

神様を神社で封じるとはいっても皆さま好きなように出歩いてらっしゃいます

 

 

本に書かれていることを当てはめれば怨霊化せざるを得なくなるだけであって

いつもお話しする神様はおだやかな方ばかりです。

 

セオリツヒメを知覚される方も人によって話し方とか性格が違うのはどこを感知しているかの違いであってどれが間違っているかではないのです。どこを感知しているからどうということはないです。色鉛筆の色が違う程度だと思っていただければありがたいです。

見る側面、角度が違うだけなのだということです。

 

パラレルワールドの神の性質を見ていたのか、歴史上の神なのか、それとも生まれる前の神々の名として働きのあるエネルギー体のことをそれぞれ知覚しているのかといえば、神としてのエネルギー体のある方に私の場合は近いです。

 

神々のエネルギー体は宇宙一つ一つくらいに大きいもので、それをひとつひとつ分霊して地球にも派遣しているみたいな感じで思っていただければいいかと。詳しいシステムまでは分からないんで勝手な妄想の範囲ですが。。。

 

神々のエネルギー体がとても大きいこと。宇宙よりおおきいのかもしれません。エネルギー体だから大きさとか関係ないのですけど、ね。

逆に大きいからこそ移動することもなくどの場所にも同時に偏在しているのだとすることもできます。

どの場所にいるというより場が重なっているからいろんな場所にいるということなのでしょうね。

 

 

歴史書も残すなら神名だけ書いて○○という名の神がいました。終わり。にしていてほしかった。ややこしいのは止めてほしい。もっとも一冊だけだったとしてもその本に書かれていることが絶対的に正しいかといえば、自国の教科書だって怪しいものですし某国等特に・・・。

それをいえばマスコミだって全て平均的な意見を取り入れて報道しているとは限らないし偏向報道だって・・・どこの国とかはあえていいませんが。

 

現状のことを思っても「このように民衆に伝えた方が我々にとっては都合が良いから」そして都合の悪いことは語らないしあわよくば改ざんしようと・・・ 

 

なるのかもしれませんから「権力のある人が発言したとして、例えば学者が論文を発表したとしても」誰がどの権威のもとでどんな目的を持って行っているかは分からないし、だからこそ色々疑って自分個人個人なりの答えを得るのが最適なのだと思っています。

 

なのでどれが正しいというより、ご自分で感じられたことをひとつひとつ胸の中の鏡に映してサニワすること。それを見つめること。それが本来の神社での神と向き合うということなのだと思っています。

 

何を持って神ととらえるか。一つの考えとして、ですが、神とはその人にとっての主観であり、他者とは捉える違うものであるものの、時に共鳴してその神をお互いに感じ取れることができる場合もある。もしくは各個人にとっての究極の理想であり、また、心を正して見ることの姿勢を表す、ものであると私は考えています。

 

神を証明せよと言われたらその人の目の前に鏡を持って立つ。それ以外にないのですね。神とは外側に存在しているのではなく、その人の心のあり方であり、もともとある光であり、自分の中に神性を見出しサニワして心を新たにして向かい合う、精進する、見出したからといって慢心するのではなく常に冷静に見極める。ということなのかと・・・。

 

エネルギー体を感知するという意味でのエネルギー体をさす場合もあります。その場合も含めて、でしょうか。

 

だから神がいると言えばその人にとっては存在するし、居ないと言ったらその人の中の世界では存在しないのだからいないことが正解になるわけで。

とはいえ、俺が神だと言われてもそれはその人の中の真実であっても他者にとってはそうでないという事実は人それぞれに鏡を持つからゆえに外側に神々はいない。自分の中から繋がるものなのだ、と。

 

エネルギー体の方の神はこちらがそうですよ、と繋いだりすることはできても感じ方は人それぞれなので、神はいないよ派の人が体験すればいないことになるし、いるよ、と考えるひとでもそれが熱く感じたり冷たく感じたり、優しく感じたり厳しく感じたり、もしくは全く分からんよという方もいるのはそのせいなのですね。

 

どれが正しいというのではありません、感じ方の違いですね。天気も場所によって違うけれど全て同じ地球上というように。例えればそういうものだと思っています。

 

 

①以下は全て、月が書いている分についての≪考察、および歴史のIFシリーズ≫についての注意事項です。


②書いている方が正しいと出張しているものではなく、もしもこうであったなら・・・を書いていくものですので以下の文章にてお断りをさせていただきます。

 

  歴史のIFシリーズ、および月が書きます考察についてはと完全にフィクションであり

  文章中に登場する個人名、地名、団体名等がいかなるものであっても実在するもの、実在しない名前が既に存在していたとしても

  それらとは一切関係がありません。

 

 

③日々の見えない世界での体験をベースに書いていること、また古事記、日本書記、ホツマツタエであっても必ずしも100%真実を書いているとは証明されていない以上は考える余地があり、またどれが正しいとか正しくないとかわからないですしお互いに正しい部分もあり、そうでない部分もあると想定したうえで書いています。

また、仮に事実ではない事柄が改ざんされたことがあったと仮定するならば、そこには編集者にとってそうせざるを得ない理由もでてくるだろうということ。

古事記、日本書記、ホツマタツタエを参考にしていますが自分たちの体験を優先にしているため、本の内容とは違うこともありますのでご了承ください。

また、個人個人の意見等これは違うというものも当然あろうかと思いますし、もはやどこから突っ込めばいいか矛盾しすぎて、という場合もあろうかと思います。しかしこちらはフィクションですのでご了承ください。こちらのブログは歴史についてディスカションする場ではありませんので意見を書かれても困りますし、これはどうだと突っ込まれてもフィクションなので困ります。なので文章の感想についてはコメントをいただいてもコメントはお返しいたしませんのでご了承ください。

どうしても意見を出張したいという方はここではないところのディスカッションする場でなさっていただきたいと思っています。

 

④スサノオ、セオリツヒメのことについての説明

 ホツマツタエでは全く違った話になっています。しかしあえてそうさせていただいているのは、他に理由があるからにすぎません。

 

 1、私の体験談ではスサノオとセオリツヒメはそうであったからそう書いたということです。

   ただし私が無意識の間に自分がパラレルワールドから来てしまった、ゆえにこの世界とは違うことを書いている説なのかもしれませんが・・・。

 

 2、大物主神は崇神天皇の時に飢饉とかがあり、天皇の夢で大物主神自身がこれは私が行ったことだと語ったということで、古事記、日本書記、ホツマツタエには祟る理由が見いだせないこと。ホツマツタエを信じるならば大物主はアマテルではなく、コトシロヌシだったことになる。それならば神社で大物主関係の側にセオリツヒメが名前を変えられて祀られている理由が矛盾してしまう。
内宮に祀られているのがアマテルであるならば正宮にアマテルの妻ではない女性神が祀られているのか、セオリツヒメが荒祭宮でわかれているのかが分からなくなってしまう。

 

 3、イワナガヒメとニニギが結婚しなかったのは単に幼馴なじみだったので友達に手を出すわけにはいかなかったから。というのは自分の体験談。イワナガヒメは悪く書かれているけれど全く違っておだやかで綺麗だった。

 

 4、大物主神は正妻が、とかは書けなかったから事実を変えて書いたかもしれない。

 

 5、ホツマツタエではスサノオが不倫したのはセオリツヒメではなくアマテルの他の妻で、他の女官をあやまちで殺してしまったとあるけれど、それは多分違うのだろうと思います。

 アマテルは天の岩戸事件で政権交代されるほど罪を背負わされなければいけなかった(高木神視点だとそうなる)のだとしたら
 身内の不祥事について責任をまとめて負ったこと、爪とかをはがされたのではなくアマテルのほうだった。(爪とか毛を抜かれる=権威をはく奪されたことと同じなので)。それだけならホツマツタエの内容で事足りるだろうと思いがちではあるものの、大蛇となったり鬼になったり荒れてしまうのはセオリツヒメやアマテルの方ではないかと。優しい部分もあれば怖い部分もある。それは子を思うがゆえのことではなかったのでしょうか。セオリツヒメは鬼にもなったけれど人を解かれなかったのは高木神サイドで民衆に表ざたにされると宮自体が権威をそこなって治めづらくなる。また、アマテルは民衆の前にでることはないので顔は民衆はしらなかったので政権交代劇をするとともに次は自分が治めると顔を公に公表するのは都合がよかったから、なのかと。

 

 アマテルは爪と全身の毛を抜かれて、推測ですが、比叡山にのがれたのかと。アマテルの面影はなかったのでオオヤマクイノ神と名乗った、と。生まれた子が神武天皇なのか、オオタタネコなのかは分かりませんが。もし神武天皇が存在せず、一説によると神武天皇から仁徳まで同一人物説がありますからアマテルだけが恐ろしいほど長生きをしたのは十種神宝があったからなのだと。全部行方が分かっていないことを思うと死ぬ前にどこかに隠していたのだろうと思っています。

 

6、自分が体験したことについて日本神話と比べてみて、体験を優先に。分からないところは神話を参考に、矛盾しているところにそれぞれの神々の真実とそうせざるを得なくなった理由が隠されているのだろうと推測しました。

 だから神話と違うのは当然の帰結ですし、つっこみどころが満載なのは体験を受け取るのは脳を通過している限り主観と言う名のフィルターを通らざるを得ないからで、妄想と言われれば感知したことは物理的な脳があるがゆえに妄想の域を出ないと言われても反論ができないため、フィクションとさせていただきました。

また、根本的な致命的なミスでおかしくなっているかもしれませんがもしそうだとしてもフィクションでありますのでご了承ください。

7、体験談の方、感知の仕方がおかしかったかどうかは他の同じメンバーの方に判定していただいて

 その上でおかしいというのであれば私がセッション以外でブログを書くのは迷惑になるということで月の分のセッションの話とイベント案内を書ける時に書くということでご了承願いたいです。

 

8、神々の話を書いたのは天照が、と書いたら皆はニギハヤヒだ、と勘違いしてしまうのを避けたかったからで、神々についてのことを書くには私側の感知する範囲内においての神々の関係性を書く必要があったからなのです。

 

 天照=太陽神であり男性神。アマテルやニギハヤヒとは別神。

 アマテル(=大物主=ニギハヤヒ=太陽神の言葉を降ろした人。ホツマツタエの天の巻、地の巻を書くように指示した。神官でもあった。天の岩戸事件以降、覚醒したのだと推測。

 

 【ニギハヤヒは二柱パターンあるので注意】

 ①アマテルのとき

 ②神武天皇と対峙したほうのニギハヤヒ

 

 ①と②は別の存在

 

 ニギハヤヒは神武天皇に殺されたけれど大物主神は神武天皇には殺されていないため

 また、ニギハヤヒとして祀られている神社と大物主神として祀られている神社はエネルギー自体違うし、アメノホアカリではなくニギハヤヒの名の方で祀られている神社でのニギハヤヒは神であるのかさえ疑問に感じたほど。

 一般のひとがいう初代天照はというと天照と書いてアマテルと読むこの方。

 

 天照大神と最初に名乗ったのはアマテルではなく推測では天の岩戸で交代劇があったとすれば、アマテラスオオミカミと名乗ったのは思金神となることから。

 

 天照と私が呼ぶのはアマテルではなく太陽神のことである。アマテルのことは大物主と呼んでいる。

 ニギハヤヒは神社で祀られている見知らぬ初老の方だとお見受けしているので、実にややこしいのです。

 

なのでニギハヤヒと書く時は知らない初老の方のことです。

 

 神武天皇は感知したことがあるのに居ない説なのになぜ感知したか?は大物主をベースに神格化したものと皆の信仰神が相まってご鎮座されているのだと思います。(推定なので本当のことは検証されないと分からない)

 

 

 ※最後に・・・

 

 ご神名を書いてフィクションとしています。ここの体験談はみなさんの思う神々と違うこともあるのは個々の主観と価値観が違うからであります。したがってそれぞれの方が感じられた、もしくはこれが神だとらえている神が内在しているものだと私は考えています。

 

 古事記も日本書記もホツマツタエも全てが正しいとすると矛盾だらけで分からなくなってしまいます。それぞれどの本が正しいかではなく、全てがねつ造とかでなければそれぞれ正しい部分や違う部分、があるのだと考えています。

 

 また、個々の中においてのストーリーがあるのだと思っています。
 

 個人の体験談をもとに書くことが多いですが、私の体験談と他の人の感じることは違います。ゆえにブログで書いているからといって他の方が読まれて、これは違うと思われたのであればご自分の感覚の方を優先していただければ幸いです。

 読まれて、私は○○についてはやっぱり違って△△だと思うけれどこれも一つの考え方であって面白いな、と思っていただければ幸いです。

 

 もっとも想定した神話ではなく、個々に神様がいて皆幸せに暮らしていました。終わり。が一番いいので、本当のところは分からないほうがいいに越したことはないのですね。なのでもしも、こうだったら・・・というフィクションであることをお断りさせていただきます。

 

 御拝読ありがとうございました。

 

 

 

【伊勢神宮 外宮】
創建:雄略天皇(21代目天皇)22年

【伊勢神宮 内宮】
創建:垂仁天皇(11代目天皇)26年


○外宮の方が内宮より後にできたのに外宮に先に参拝しなければいけない理由

トヨケ(豊受)はアマテルの祖父で教育係でアマテルが大変尊敬していた
トヨケにアマテルが育てられたと言っても過言ではなく。トヨケがあるからこそ、ということにもとづいていた説。

○豊受大神=稲荷説は何だったのか

豊受はアマテルの食事係だと現在では伝えられているから、とは思うもののトヨケは教育係だったため食事係ではなかった。
→他に食事係がいるということに。

女性神が見えたから女性神のはずですが・・・

○倭迹迹日百襲姫命説→七代目の天皇の娘なので時代が合わないこと
  →亡くなってから神として祀られたのであれば大物主神の妻=アマテルの妻であるから成り立つといえば成り立つ

○上記とは別人でヒミコが配ぜん係だった
  →太陽を祭祀する人と言う意味ではそうかもしれない。でも亡くなってから外宮の方に祀られるのはおかしいのでは?
  ヒミコは太陽神の方の祭祀する人だから祀られるなら内宮の方であって外宮ではない(太陽男性神と一緒に祀られているよ説)

 →ヒミコについて卑弥呼ではなく日の巫女という意味であるなら役職名であるのでどの代でもありえる
 →少なくとも初代ヒミコと外宮にいる女神と雰囲気が全く違うので見間違えることは絶対にありえない。
   私が見たのは小柄でキャピキャピしていておしゃれな若い女性で、ヒミコは確かにおシャレではあるけれども背が高くて厳しいイメージ。
        
 →少なくともヒミコと倭迹迹日百襲姫命は別人

 →内宮が太陽神男性神+ヒミコの神上がった姿で外宮が倭迹迹日百襲姫命という場合もありえる。
     
 →外宮の場合は主祭神はトヨケで男性神(初老)だけども 配ぜん係として女神が祀られた。
      食事を扱うことから次第に女性神の方が注目された

 →御食をあつかうからオオゲツヒメとも呼ばれた説・・・稲荷の始まり

 →倭迹迹日百襲姫命は箸に刺さって死んだのではなく、月読命に殺されたのが真相

 →とすると・・・倭迹迹日百襲姫命ははイチキシマヒメであり稲荷ということに。

 →自動的にスサノオとセオリツヒメの娘ということに・・・

 →セオリツヒメ=稲荷説は真相までいい所に来ていたということなのかと。

 →実はセオリツヒメの娘。

 →稲荷=スセリビメ説(祓戸神の中の一柱 速佐須良比売=スセリヒメであるとするならば)もあったらしい。

 →月読は稲荷の夫であるなら、外宮の配ぜん係に恋をしたものの実質、斎宮に等しいから結婚できなかった。

 →子供が生まれているから、殺した風に見せかけて駆け落ちした。

 →結果的に朝廷からは反逆したものとされて追放されて、そのときにツキヨミと名付けられた

 →まつろわぬもの説なら月読は当て字で 月 黄泉 だったのでは・・・。

 →あの世に通じるからスピリチュアル能力関係担当であるのはそういうことだったのか・・・
         
 →黄泉に近かったから年齢はずっと16歳のままだったとか。

 →内宮・外宮ともに配ぜん係が同じであれば月読が両方の摂社に比較的近いところに祀られていた説明もつく。

 →つまり、アマテルの両親も一緒に祀ることで内宮に関しては監視させていた

 →外宮の月夜見宮は一柱のみなのは昼間はトヨケの目があるから大丈夫と思われたのか・・・

 →それで夜になったら月読は外宮の配ぜん係である女神にこっそり会いに行くという伝説がここにつながる、と。
    
 →内宮は少し離れているし、サルタヒコ神社もあるしそもそもアマテルの両親に監視されている上に荒御霊も分けられていて出られないから外宮だけは訪問可能ということになってしまう。

 →それで外宮の月夜見宮も内宮の月読宮もお守りの中身だけ別に(袋は別に頂くことも可能)おかれているのはそういうことなのか、と。

 →ツキヨミ、のお守りは外宮でのお守りの中に入れるのが本来のやり方なのかも。

 →実際そうしているし、外宮のお守りは中が開きやすいようにできているお守りもあるから実に助かる。開閉可能のように開いたら締めるように設計されている所がポイント。

 

リンク先の系譜を参照ください。

 

https://stat.ameba.jp/user_images/20181004/11/azur22/ca/6e/p/o2577240114277814715.png

【伊勢内宮の神の正体】

 

内宮が五十鈴川のほとりに決まる前、二人の姫神が神様を移す場所を探していました。
当時の天皇が財産的に補助していたのだとすると天皇の命ということになるのですが
初代はトヨスキイリヒメで祟神天皇の時代で現在の奈良の大神神社の山を挟んで裏手にある場所からのスタートでした。
最初はアマテルを遷宮させようとしていたのだと思います。

次代天皇の代になってヤマトヒメに変わり、アマテルではなく本来の太陽神に神を変えさせて遷宮させる旅に出した、ということなのですね。
なので現在の内宮は太陽神が祀られているということになり、トヨスキイリヒメが最後に三輪山の頂上に遷宮の場所を持ってきたままアマテル神を歴史的も祭祀的にも封印することにした、ということになります。

 

【神話は三世紀より少し前、ヒミコの時代だった説】

つじつまを合わせようとそうなるのですが、

私は神々の服装から縄文時代でもないし弥生時代でもないと感じていました。
太陽神、アマテラス(以下、天照)は当然男性神で、アマテラスといえばこの男性神で狩衣を着ていました。
下鴨神社の祭神に至ってはヤマト時代の白い麻の服で髪型はミズラ結いでした。
月読は漢唐あたりの貴族の普段着、袴の上にそでの長い羽織物をしているか着物の重ね着をしているか、でした。
大国主、大物主は現在の日常的な男性の着物でした。
石器時代に優雅な着物を来た方たちが、とはどう考えてもおかしいので・・・。

【太陽神(内宮)も男性神】

○女神ではなかった説

内宮ができた当時 アマテラス=女神 という認識はありませんでした。
古事記によって女神に書きかえられてしまっただけなのですね。
でもここで一つの問題が。
ではアマテルの幼少時はワカヒルメだから女神だったはず、なのになぜ男性神か、という矛盾が起きます。
そこを解く謎は簡単です。ワカヒルメという名ではなかったからです。

○ワカヒルメは誰だったのか。

ワカヒルメはイザナギ、イザナミの娘。昼にうまれた子なので昼子(ヒルコ)で女の子でした。
物ごころつくまで他の所で育てられて戻ってきました。
アマテルの姉なのですが戻ってくる時に地位的にはアマテルの方が上ですので表向きにはアマテルの妹という立場でいることになったのです。昼子は名を変えてシタテルヒメ、もしくはワカヒメとなりました。
彼女は和歌の達人だったといいます。

最初の巫女はワカヒメだったのです。
彼女はアマテルの師匠トヨケの息子の高木神の息子の思金神と後に結婚することになります。

○外宮でみた女神の正体

豊受大神→男性神でアマテルの教育係でした。

倭迹迹日百襲姫命説、
本当にヒミコだった説もあります。


つづきは・・・に