先日、ある集まりで私の「お金の価値観」について話をしました。
私にとって、お金は「貯めておくだけでは意味がなく、使って回すことで価値が生まれるエネルギー」のようなもの。だから「使わないのはよくない」という持論を展開したのですが……。
それが思わぬ騒動に発展してしまいました。
突然の怒りと、突き刺さる言葉
私の話を横で聞いていた友人が、
集まりが終わってから、烈火のごとく怒り出したのです。
「クソつまらない話だ」
「性格が悪い」
「もう二度と集まりに呼ばないでほしい」
さらには「考え方が違うんだから、
投資したりお金を使うやつとだけ付き合えば?」
とまで言われてしまいました。
正直、特定の誰かを批判したつもりは全くなく、
あくまで「経営者視点での経済の回り方」や
「個人の哲学」を話していただけだったので、
最初は戸惑いとショックで頭が真っ白になりました。
そしてお酒を飲みながらの会話だったため、
あまり記憶がないという最悪なパターン![]()
なぜ、彼はあそこまで怒ったのか?
後で冷静になって考えてみると、
私の言葉は彼の「心の聖域
」に
土足で踏み込んでしまっていたのだと気づきました。
心理学的に見れば、人は自分の信じている価値観(彼にとっては『貯金による安全確保』)を否定されると、それを「自分自身の人格を否定された」と錯覚してしまうことがあります。
• 投影: 「本当はもっと自由に生きたいのに、不安で使えない」という葛藤が、私の言葉によって「図星」として刺さってしまった。
• 防衛本能: 彼にとって貯金は将来の不安から身を守るための「盾」。それを否定されることは、丸裸にされるような恐怖だったのかもしれません。
彼の怒りの強さは、
そのまま彼が抱えている
「将来への不安の強さ」の裏返しだったのです。
反省と、歩み寄り
私自身、自分の考えに夢中になるあまり、周りへの配慮が足りなかったことは大きな反省点です。
すぐに「本人に対して言ったわけではないこと」を伝え、釈明と謝罪をしました。すると彼も「言いすぎた」と謝ってくれました。
喧嘩別れにならずに済んだのは、
お互いに心のどこかで「相手を尊重したい」という気持ちがあったからだと思います。
これからの向き合い方
今回の件で、私は彼の「堅実さ」や「慎重に積み上げる力」を改めて尊敬しようと思いました。それは、リスクを恐れず循環させる私にはない、彼の素晴らしい才能です。彼のやり方を尊重しつつ、彼が心の底に抱えている「将来の不安」をどうすれば和らげられるか。これからは正論をぶつけるのではなく、もっと寄り添う形でのコミュニケーションを探っていきたいと考えています。
おわりに
「正解」は人の数だけあります。
自分の哲学を持つことは大切ですが、それを語る時は、相手が大切に守っている「盾」を傷つけない優しさも必要なのだと、深く学んだ一日でした。
そして、断言して話しているつもりではないが、そう捉えられてしまう傾向があるので、言葉を選んで、気をつけて話さなければいけないと思いました。
今回、怒りを怒りで返さずに、
冷静でいられる自分がいました。
我ながら自己成長した自分を客観視できたし、
意味のある出来事でした。
怒りの中には、劣等感やコンプレックスが隠れていたり
します。
相手の怒りは、相手の心のうちを理解する上でとても大切な出来事だと思えるようになりました。
今回の一件で相手をまた少し知れたような気がします。