ただいま、帰ってきた。
市電のカタンコトンの音と共に、鶏の鳴き声、スズメの飛ぶ姿、そして朝日が来る。
桜島の姿が鮮明に現れたその瞬間、私の胸が熱くなった。
これまでの人生の半分は毎日この景色を見てきた。
それなのに、なぜ今やこんなに胸を打たれるのだろう、自分自身でもよく理解できない。
昔はわからなかった。
桜島がいずれ噴火しら死んでしまうのではないかと不安ばかり。
でも今はよくわかった。
いずれ死ぬかもしぬ、それでも怖くない、火山の麓に住んでいる住民の気持ちをよくわかった。
こんなに美しく尊い姿を毎日無意識にでも見ていると、愛着を持ってしまうもの。
まさに、自分の子、自分の家族のような存在みたいだ。
だから、久しぶりにその姿を目にした時、家族に再会するかのように暖かい記憶に包み込まれていった。
不思議なことに、家はこれっぽち持っていないけれど、帰るところはたくさんある。
家というものは私にとって存在しないのかもしれない。
心の通える人がいる場所に、家がある。
そして人はやはり、帰るべき場所へいずれ帰る。安心して帰る場所が必要なのだ。
たとえそれは、家という物の存在でなくても、自身の心の中にそういう島があるはずだと思う。
人は生きれば生きるほど記憶が増えていき、思い出が蓄積されていく。
その記憶の中の大切な人たちも、通り過ぎた人たちも、全部が自身の心の中の”家”を作っているのであろう。
最近読んで気になっているのは、町田そのこの『宙ごはん』の一つの言葉である。
「いまの世の中は辞書に載っていない、いろんな繋がりの『家族』ができている。新しい意味の『家族』には『母親』も『子ども』もない。助け合って生きていく集団のことを指すわけ。」
私には元々、大好きな人達に囲まれて育った「ハノイ」という故郷がある。
母の実家である「ダナン」という海の町で、皆仲良しの第二の家がある。
そして、青春の半分過ごしてきた「鹿児島」という第二のふるさともある。
それぞれの場所で出会った人達と家族になった。
いずれ、恋人や夫婦のように私は誰かと一生生きてゆくのだろう。一緒に笑ったり泣いたり、苦しんだり悩んだりするのだろう。家族になるのだろう。
だが今は、それぞれの場所にいる私の『家族』と一緒にありのままの私でいたい。
突然ある日、私はこう聞かれた。
「鹿児島には家があるの?」
そう聞かれた瞬間、私はすぐに答えられなかった。
確かに、家がない。
でも、帰るところはある。私の帰りを待ってくれている『家族』はいる。
私には『家』がある。
End.
あとがき: 最後に、これまで私の記事を読んでいただいた皆様へ
2023年から2025年までの間、私は大切な二人も亡くしてしまい、自身も不健康で心が折れそうになりました。
でも多くの『家族』と共に乗り越えました。皆には感謝しかありません。
新たな年がやってきた今も、私の永遠の願いはたった一つ。
それは私の『家族』が誰一人病になることなく、末永く健康でいられること。
どうか皆様も、幸福に満ちる『家族』という存在とともに明るい一年を迎えますよう、心より祈っております。
これからも、引き続き自身の気持ちに向き合って偽りなく書き続けたいと思います。

