最近、趣味がないと思ったので、ブログを始めてみました。高校生のときにもblogをやっていましたが、面倒くさくなってやめた経験があるので、三日坊主になりそうですが、気が向いた時に更新したいと思います。
記念すべき最初の記事ですが、救急車について書きたいと思います。最近では、救急車をタクシー代わりに利用するという悪質な人のため、救急車を有料にすべきという意見が散見されます。アメリカは救急車が有料みたいですね。
僕は、救急車の有料化には反対です。お金に困った人が救急車を呼べなくなるためというのもありますが、現在起きている問題を深刻化させかねないと考えるからです。金額にもよると思いますが、中途半端に安い金額にすると、お金を払っているのだから別にこのくらいの症状でも救急車を使っていいだろう、という無遠慮な考えを持つ人が発生するように思います。
少し話がそれますが、少しだけ専門的なお話。民法には、有償契約と無償契約という概念があります。前者は、売買や賃貸借など、反対給付を伴う契約であるのに対して、後者は、贈与や使用貸借など、反対給付を伴わない契約のことです。有償契約は諾成契約(双方の合意のみによって成立する契約)が多く、給付の目的物に瑕疵があれば担保責任(損害賠償・契約の解除など)を負います。それに対して、無償契約は要物契約(契約の相手側から目的物を受け取ってはじめて成立する契約)であることが多く、瑕疵の存在を知って給付したのでない限り、担保責任は負わないのが原則です。贈与は諾成契約ですが、未履行かつ書面によらない贈与は撤回が可能であり、要物契約的な側面があります。
つまり、有償契約では、「金を払ったのだから品物を下さい」、「買ったパソコンが故障していたので、修理にかかった費用を払って下さい」などと言えるのに対して、無償契約では、そのように多くを望むことはできません。例えば、使用貸借では、「貸す約束をしたのだから約束どおり貸して下さい」とは言えません。合意の時点では契約は成立していないからです。贈与でも、「約束したのだから下さい」とは言えますが、書面で契約を締結していない限り、撤回される可能性があります。「やっぱり上げるのはやめた」ということですね。一度あげたものは取り返せませんが。また、AさんがBさんに贈与したパソコンが故障していたとしても、Aさんがそれを知って贈与したのでない限り、Bさんは修理代金をAさんに請求することはできません。修理代金は自分持ちということです。
このような法律用語を知らなくても、無償でやってもらっているのだから多くは望めないという感覚は、多くの人にあると思います。閑話休題、救急車は無料であるからこそ、我々のモラルや遠慮が保たれているという側面があるのではないでしょうか。ところが、救急車を有料化すると、お金さえ払えば救急車は自由に使ってよい、更には、お金を払っているのだからもっと良い対応をせよ、という考えを持つ人が増えることが懸念されます。かといって、そのような考えを持つ人がいなくなるほど高額の代金を請求するのは、救急車の趣旨に反することになるでしょう。それこそ、お金が無いばかりに救急車を呼べず病態が悪化する人が出てくることになります。
以上の理由から、僕は救急車を有料化すべきではないと思います。ただ、有料で上手くいっている国もあるわけですから、僕の懸念は杞憂なのかもしれません。所詮は大学生の戯言ですから、至らないところはお赦し下さい。ちなみに、幼い頃の話で記憶がないのですが、親曰く僕も救急車に乗ったことがあるそうです。夜中に激しい腹痛を訴えたために救急車で運ばれ、診断結果は便秘…。便秘!?どんだけウ◯コ溜まってたんだよ!?って話ですね(笑)。僕は今でも便秘体質ですが、さすがにそこまで悪化はしません。何はともあれ、救急車は無料であってほしいです。モラルの低さをお金で解決するという思考は寂しいです。