都心と神奈川県の三浦半島と結ぶ京浜急行電鉄が、120周年記念をして、大幅な駅改名に乗りだす。このほど、沿線に住む小中学生を対象に、46駅の「新駅名」を募集するキャンペーンを行っている(※現在、募集は終了)。
 
鉄道ファンの中でも特に人気の高い京急。「どうして小中学生しか応募できないんだ!」と悔しがる大人たちも多いだろう。そんな「京急の駅改名企画に一言いたい」という大人を代表して、我こそはと名乗りを上げた鉄道好き、そして次世代のメディアを引っ張る豪華4人が集結。「僕らなりの京急駅名改名ナイト」がおおたfab(大田区西蒲田)で華々しく開催された。
 
参加者は左から
・オオゼキタク氏(シンガーソングライター)
・東香名子(筆者/コラムニスト)
・原孝寿氏(編集者、蒲田カルチャートーク代表)
・松浦茂樹氏(スマートニュース株式会社・メディアコミュニケーション ディレクター )
 
さらに、企画趣旨に賛同した能町みね子氏(エッセイスト)にもコメントで参加いただいた。


◆改名の対象駅は46駅

 
京急電鉄によると、駅名の改名対象駅は下記の26駅をのぞく46駅。(※図は京急公式HPより)
 
 
品川や京急蒲田、羽田空港など、他社線との乗り換え最寄り駅や、公共施設、神社仏閣、歴史的史跡後の最寄り駅として認知されている駅は対象外としている。
 
 
これら対象駅・非対象駅を見ながら、さっそく「僕らなりの京急駅名改名ナイト」、いよいよ出発。ダァシエリエッス!

◆北品川は品川に戻すべきだ

最初に口火を切ったのが原氏。「北品川を品川に改名すべきだ!」と吠える。
 
 
「もともと北品川が京急の終点であり、品川駅として開業した。そもそも北品川は品川駅の南側にあり、位置関係すら成立していない。北品川こそ元祖・品川駅だ!」との咆哮に一同、唸る。
 
さらに現在の品川駅は高輪駅であったと解説する原氏。ちなみに高輪は、JR山手線の新駅名称として大本命と目される駅。北品川を品川に、品川を高輪にすると、「新駅はもはや芝浦しかない」とオオゼキ氏が静かな一石を投じる。皆これに頷くばかりであった。
 

◆難読地名の「弘明寺」、改名対象駅に入らず

京急電鉄には、独特の“難読駅”が多いのをご存知だろうか。雑色(ぞうしき)、追浜(おっぱま)、能見台(のうけんだい)、逸見(へみ)など、読み方に、ひとひねり、ふたひねりを入れるのが京急クオリティである。これらの駅は、読みにくさからなのか、改名の対象駅として議場に上がっているものが多い。
 
 
これには報道番組のコメンテーターとして活躍する松浦氏も、「京急には読みづらい駅が多い」と苦笑い。弘明寺(ぐみょうじ)もその一つである。
 
さらなる親しみを狙うため、改名の対象に入れられているだろうと思いきや、「弘明寺は変えさせない」との一貫した態度をとる京急。「雑色も追浜も、改名の対象になっているじゃないか! 解せぬ!」と一同が頭を抱える。
 
「改名対象駅と非対象駅、どの基準で選んでいるんだ、京急は!」
 
ダンッとテーブルをたたく音。やるせない思いが会場中を包み込んだ。(ちなみに神社仏閣の駅は改名しないとすでに表明されていた・・・)
 

◆地名原理主義者・能町みね子氏の見解は

続いて今回のファシリテーター・原氏が、能町みね子氏から預かってきたという、改名案をお披露目。彼女の主な改名案は以下である。
 
泉岳寺→車町
北品川→品川歩行新宿
新馬場→馬場
立会川→浜川
大森海岸→不入斗
平和島→本大森
大森町→内川
京急蒲田→蒲田
 
能町氏は自身を、「もともとの地名を採用するべきと唱える『地名原理主義者』」と語る。上記の改名案も、もともとの地名になぞらえたもの。彼女の博識ぶりに、「良く知ってるなぁ」と一同からはため息が。
 

◆京急蒲田こそ「元祖・蒲田」である!

さらに能町氏の提言のうち、「京急蒲田→蒲田」に一同は注目する。蒲田には、JR、東急線が乗り入れる「蒲田駅」と、そこから西側約800mに位置する「京急蒲田駅」がある。「京急蒲田こそ、元祖・蒲田駅である!」と原氏が熱弁をふるう。歴史を紐解くと、確かに、最初に京急蒲田が「蒲田駅」として開業している。京急蒲田は、正真正銘の元祖・蒲田駅だったのだ!

その由来を見越してであろう、地名原理主義者・能町氏は蒲田駅の改名案を明言する。その旧地名である「御園(みその)」に変えるべきだと主張した。
 


そこに待ったをかけたのが、筆者(東)である。「京急蒲田→蒲田」にすることは賛成だが、安易に「御園」としていいものか。筆者は現在の蒲田駅に、東急線も乗り入れていることに注目する。東急線が乗り入れ、大田区のファミリーでにぎわう蒲田。これは、田園都市線の「たまプラーザ」になぞらえて、「かまプラーザ」にしてはどうかと進言した。
 
ちなみに、筆者は幼少期をたまプラーザで過ごしているが、「プラーザ」への大衆イジリがあまりにひどいので、蒲田も道連れにしてやろうという気持ちは微塵もない。すべては蒲田のイメージアップのための主張である。

さらに蒲田駅と京急蒲田を結ぶ「蒲蒲線」の実現を夢見ているのは我々4人だけではなかろう。蒲蒲線誕生時には、「かまプラーザ」への改名に希望を込めたい。

「かまプラーザを実現させます!」とエセ政治家を気取る筆者
 

◆「花月園前」は「YSFH前」にするべき!?

京急は、かつて駅前にある施設を駅名としていた例は多い。たとえば、
 
港町→旧:コロムビア前駅(日本コロムビア川崎工場の最寄り駅だったことから)
鈴木町→旧:味の素前駅(味の素川崎事業所の出入口前に位置することから)

などがある。花月園前駅もそのひとつだ。
 
花月園とは、もともとは花月園遊園地があった土地。閉園後、その跡地は競輪場としていたが、こちらも2010年に閉鎖されている。現存しない施設を駅名とする例は、向ケ丘遊園駅(小田急線)にも見られるが、この「花月園前」もせっかく京急の改名対象にも入っているし、改名案を出そうと議論は進む。

そこで、オオゼキタク氏が口を開く。「これしかない、ゼッタイ!」とごり押しする名称こそが「横浜サイエンスフロンティア高校前駅」である。
 
 
舌を噛みそうな名称に、なぬ!? とのけぞる一同。話を聞けば、同校の校歌「知の開拓者」の作詞・作曲を担当したのがオオゼキ氏とのことである。校歌を作っただけに思い入れは強く、どさくさに紛れて(?)その高校を駅名にまでのし上げようという目論みか。そして日本一長い駅名に挑戦したいというアッパレな意気込みも語るオオゼキ氏。
 
あまりにも覚えにくいだけに、略称の「YSFH前」はどうかとの代案も自信で提案。誰もが「YRP野比」に続くアルファベット駅誕生にため息を漏らした場面もあった。
 

◆京急LOVE!すべては京急愛あってこそ

予想通りの盛り上がりぶりを見せた「僕らなりの京急駅名改名ナイト」。
 
今回紹介した意外でも、産業道路駅を「コストコ前」「ラウンドワン前」「大踏切前」にしようなどという、駄案も出た。が、すべては京急愛に由来するものである。
 

エンディングは、オオゼキ氏の生歌披露に会場中がうっとり。惜しまれつつも幕を閉じたイベントであった。

 

 

大本営からの改名発表が楽しみですね。

出発進行!

 

東香名子