光秀「桜姫様ならお帰りになった」
「・・・・・・!光秀さんのこと、諦めてくれたんですか!?」
光秀「それは・・・・・・」
光秀さんはそこで一度言葉を途切らせ、懐から何かを取り出す。私の前に差し出されたのは、綺麗に折りたたまれた文だった。
光秀「これを、桜姫様から預かってきた」
「桜姫様から私に?」
光秀「ああ。自分が安土を去った後、お前に渡してほしいと頼まれた」
「・・・・・・そうだったんですね」
(私宛てって、一体なんだろう?でもきっと、桜姫様が帰った理由が書かれてるんだよね)
少し緊張しながら受け取り、文の折り目を丁寧に開いていく。
「え・・・・・・」
読み始めてすぐ、そこに書かれている内容に目を瞠(みは)った。
蘭丸「ゆう様、どうしたの?」
「・・・・・・桜姫様は、私と光秀さんが恋仲の関係だって、最初から気づいてたって」
蘭丸「気づいてたって・・・・・・じゃあ、桜姫様はふたりの関係を察した上で、様子を見てたってこと?」
「そうみたい・・・・・・」
文には、関係を察してもなお諦められず数日滞在したけれど、私達の様子を見ていて、ふたりの間に自分が入る隙はないことに気づき、心底諦めがついたとのことだった。文の最後には『ふたりの邪魔をして申し訳ありませんでした』と書かれていた。
「まさか、最初から気づかれているとは思いませんでした」
光秀「桜姫様が、俺達の関係に気づいている可能性は大きいと踏んでいたが・・・・・・」
「え、どうして・・・・・・」
光秀「広間で挨拶をした時、桜姫様はお前を疑いの目で見ていたからな」
「! すみません。私の演技が下手だったから・・・・・・」
光秀「そうではない。桜姫様は勘が鋭かっただけだろう」
(光秀さんは私が気にしないようにそう言ってくれてるんだと思うけど・・・・・・桜姫様が鋭い方っていうのもあるのかな)
ふと、手元の文に視線を落とす。
(広間でお会いした時は厳しそうな方だって思ったけど、私のことを探ろうとしてただけなのかもしれない)
その流麗な字から、桜姫様の人柄が伝わってくるような気がした。
(仕方ないこととはいえ、騙してしまったことには変わりないな・・・・・・)
罪悪感が芽生えたその時、はっとする。
「あ・・・・・・! 大名との関係は大丈夫なんですか?演技がばれてたなら、騙そうとしたことを怒っているんじゃ・・・・・・」
心配になって慌てる私に、大丈夫だと言うように、光秀さんはふわりと頭を撫でた。
光秀「安心しろ。お前をどうこうしようという気も、織田との関係に亀裂を入れようという気もないようだ。桜姫様は物わかりもよく、大名もやり手だからこそ、信長様を敵に回す気はないらしい。桜姫様御本人が納得しているのだから、これ以上は口を出してはこないだろう」
問題なさそうなことがわかり、私もほっと息を吐く。
「はい・・・・・・」
(一応これで一件落着ってことだよね)
蘭丸「ゆう様、よかったね!」
「うん。蘭丸くん、色々とありがとう」
光秀「蘭丸、世話になった。あとのことは大丈夫だ」
蘭丸「わかった。じゃあ俺は行くけど、光秀様、演技でゆう様に袖にされたからって、あんまり意地悪しないでね。ゆう様だって大変な思いをしたんだから」
蘭丸くんは先手を打って光秀さんに釘を刺す。
光秀「ああ、もちろんそのつもりだ。ゆうには優しくする」
「えっ・・・・・・」
随分とあっさり肯定する光秀さんに、私のほうが驚く。
蘭丸「本当に?」
光秀「安心しろ、蘭丸。七日もお預けしてたからな、たっぷり可愛がる予定だ」
光秀さんは色気の漂う瞳を私に向け、愉しげに口角を上げる。
(たっぷり可愛がるって・・・・・・)
どんな意味合いを含んでいるのか察し、頬が熱くなった。
蘭丸「うーん・・・・・・ほどほどにね!じゃあ、ゆう様、頑張って!」
蘭丸くんはにこっと笑い、この場を去っていく。それを見届けると、しなやかな指が私の頬をくすぐるように撫でた。
光秀「赤いな」
「っ・・・・・光秀さんがからかうからですよ」
光秀「からかってなどないぞ。ようやくふたりきりで、ゆっくり過ごせるのだからな。今日はもう御殿に戻っていいと、信長様からもお許しをいただいてきた。帰るぞ」
「あ・・・・・・はい!」
手を取られ、しっかりと握られながら引かれていく。
(そうだ・・・・・・ようやく光秀さんとふたりで過ごせる。もう、こうして堂々と手を繋ぐこともできるんだ)
嬉しくて、歩き出しながら私もきゅっと深く指を絡め返した。
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御殿に着き、部屋に入ると・・・・・・
光秀「ゆう」
「あっ・・・・・・」
襖が閉まったとほぼ同時に、光秀さんの腕が私を抱きすくめた。
光秀「もう恋仲に戻ったのだから、ここにいろ」
「・・・・・・はい」
素直に頷き、厚い胸板にそっと頭を預ける。変わらない光秀さんの香りや温かさに、指の先まで安堵が広がった。
光秀「何事もなく解決してよかったが、お前に袖にされ続けるのはもう勘弁だな」
「・・・・・・光秀さんはさすがですね」
(もう演技しなくていいのに、本当に勘弁だって思ってても、そんなふうには見せないんだろうな)
光秀「ん?なんの話だ?」
「光秀さんの態度は、演技に見えなかったです。私はずっといっぱいいっぱいでしたけど・・・・・・」
光秀「・・・・・・何故、俺の態度が演技に見えなかったか、わかるか?」
「え・・・・・・?」
首を傾げると、面白がっているように光秀さんの口端がつり上がる。
光秀「本気で口説いていたからな。ほとんど本心だ」
(っ・・・・・演義じゃなくて、本気っことは・・・・・・)
私に向けられた密のように甘い言葉や眼差しがすべて本物だと思うと、胸がたまらなく熱くなる。
(どうしよう・・・・・・すごく嬉しい)
「ずるいです。私ばっかり嬉しくさせられて・・・・・・」
光秀「嬉しいならば、問題ないだろう」
光秀さんは抱きしめていた腕を解き、私の手を引いて、その場に座らせる。
「光秀さん、何を・・・・・・っ?」
やんわりと足をすくい上げられ、その先に光秀さんの唇が触れた。
「んっ・・・・・・光秀さん!? 」
光秀「愛しています、ゆう様。貴方はどこもかしこも美しい・・・・・・この爪先も」
「え・・・・・・」
光秀さんの唇が、今度は足の甲に落ちる。着物越しに、ゆっくりと唇が足を伝い上がっていく。
光秀「こうして触れるだけで、胸が焦げるほど愛おしい気持ちが湧く。すべて自分のものにしてしまいたいという欲望も・・・・・・ただ貴方が欲しいのです」
「ぁっ・・・・・・み、光秀さん・・・・・・っ」
愛の囁きと共に与えられる淡い刺激に、ぞくぞくとする。
「ん・・・・・・っ」
光秀「もう、誰に咎められることもありません。貴方が俺を受け入れてくださるならば・・・・・・」
這い上がってきた唇は太ももに辿り着き、また反応してしまう。
(こんなふうにされたら、心臓が持たない・・・・・・っ)
「っ、ぁ・・・・・・意地悪、しないでください・・・・・・」
光秀「意地悪ではないだろう?こんなにも優しくしているのだから」
光秀さんは太ももに口づけていた唇を離し、私の手をすくい上げた。恭しく甲に口づけ、艶やかな瞳で私を見つめる。
光秀「いつもの俺と、どちらの俺が好みだ? ゆう様?」
「どっちって・・・・・・ええっと」
思わぬ質問に、わずかに戸惑う。けれど、答えは一つしかなかった。
(光秀さんだから、意地悪されるのも嬉しくて・・・・・・こうして優しく求められるのだって、私には全部幸せでしかない)
「・・・・・・どっちの光秀さんも大好きです」
光秀「そうか」
私の返事に、光秀さんはふっと満足そうな笑みを浮かべる。
「でも・・・・・・」
光秀「どうした?」
不思議そうに見上げてくる光秀さんを、私も見つめ返す。
(ちょっと恥ずかしいけど・・・・・・ちゃんと言おう)
「・・・・・・今日はこのままの光秀さんがいいです。光秀さんが何度も愛の言葉をくれたのに、ずっと受け止められなかったので・・・・・・もう袖にしたりしません。光秀さんの気持ち、全部受け止めさせてください」
光秀「ならば、ひとつ残らずすべて受け止めてくれるか」
「・・・・・・っ」
ふっと微笑んだ唇が、私の唇を塞いた。すぐに離れ、また角度を変えて柔らかく熱が合わせられる。甘やかすような、ただ触れ合わせるキスが繰り返されていく。
「ふ・・・・・・」
(キスだけで、溶けそう・・・・・・)
力が抜けていく身体を支えるように、光秀さんの腕が腰に回ってくる。唇が離されたかと思うと、ふわりと抱き上げられた。
「あ・・・・・・っ」
光秀「褥へ行きましょう、ゆう様。落ちないよう、掴まっていてください」
横抱きで運ばれ、布団の上にそっと下ろされる。覆い被さってきた光秀さんは、熱を帯びた瞳に私を映した。
光秀「どれだけ貴女に触れたいか。どれだけ貴女を愛しているか------言葉だけでなく、俺のすべてで、伝えさせてほしい」
「っ・・・・・・」
髪を撫でられながら、唇を甘く食まれる。ゆっくりと深まり、どこまでも優しく甘い口づけに、舌先から溶かされていく。
(やっぱり、こんな光秀さんも魅力的すぎて・・・・・・心臓が壊れそう。だけど、このままどんなに翻弄されたってかまわない)
すべてを受け入れるため、広い背中な腕を回し、まぶたを閉じて・・・・・・いつもより優しい光秀さんの言葉に、指や唇の動きに、私は呑まれていった-------