木々の葉が秋らしく色づき始め、光秀さんの誕生日も近づいてきたある日-----
軍議が終わり、御殿までの帰り道を光秀さんと歩く。
(誕生日にお仕事か・・・・・・仕方ないけど・・・・・・やっぱり当日お祝いできないのは寂しいな)
公務の関係で光秀さんは、誕生日当日に安土を発つということを、軍議で聞かされた。
光秀「ずいぶんと暗い顔だな」
視線が落ちていたことにはっとして、私は顔を上げる。
(いけない、つい)
「あ・・・・・・いえ」
光秀「俺の誕生日に一緒に過ごせないことで落ち込んでいたのだろう?」
私の気持ちを見透かして、光秀さんは笑みを浮かべた。
(光秀さんには、ばればれだな・・・・・・)
「・・・・・・はい」
光秀「そう落ち込むな。誕生日当日は仕事だが、その前に祝ってもらうための直を作った」
「え」
思わず足を止めると、光秀さんは私に笑みを深めてみせる。
光秀「小旅行の手配をしてある。もちろんお前と俺のふたりでな」
「光秀さんが手配してくださったんですか?」
思いも寄らない提案に、ますます驚いた。
(光秀さんの誕生日なんだから、光秀さんは祝われる側なのに・・・・・・それに、最近光秀さん、すごく忙しそうだったのに、いつの間に・・・・・・)
光秀「俺がお前に祝ってもらうための機会を用意しただけだろう。どうする? 行くか?」
「もちろん行きます! すごく嬉しいです!」
光秀「では決まりだな」
(当日は無理でも、光秀さんの誕生日をお祝いできるなら嬉しい。それに、そんなふうに光秀さんが準備してくれたってことは、きっと光秀さんも、私と同じように誕生日を楽しみにしていてくれたってことだよね)
旅行を楽しみに思う反面、ふと疑問も浮かんだ。
(でも忙しいのに、わざわざ遠出をしようと思ったのはどうしてだろう)
気になって考え込んでいると------
光秀「何か引っかかることでもあるか?」
「旅先でお祝いできるのは、すごく楽しみです。でも・・・・・・光秀さん、お忙しいのに、無理をなさってませんか?」
光秀「ほう、心配してくれているのか」
「それはしま------・・・、っ」
答えている途中で、ちゅっとキスされ目を丸くする。
「光秀さん・・・っ?」
光秀「心配してくれるお前があまりにも愛らしから口づけたくなった」
「で、でも・・・・・・ここは外ですからね!」
恥ずかしがる私の様子に、光秀さんは満足そうに微笑みながら手を取った。
光秀「安心しろ。無理などしていない。誕生日だからこそ、誰にも邪魔されない場所でふたりきりで過ごしたい」
光秀「そんな理由ではダメか?」
意地悪に目を細める光秀さんに、ドキッとする。
「駄目なわけないです。すごく嬉しいです」
光秀「嬉しいなら問題ないな。こんなところで立ち止まっていないで早く帰るぞ。それとも、もう一度口づけてほしくて待っているのか」
「ち、違います・・・・・・!」
光秀「ならば行くぞ」
光秀さんは私の手を引き、ふたたび歩き出す。話を切り上げた光秀さんに、少しの違和感を覚える。
(これ以上追求されないようにしてる・・・?考え過ぎかな)
どこか誤魔化されたようなきもしたけれど、その懸念は横に置いておくことにした。
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そして、心待ちにしていた旅行の日がやってきて------光秀さんとふたりで馬に乗り、安土から少し離れた町を訪れた。
「わあ、色々なお店がありますね!」
光秀「そうだな」
おめかしもし、あれこれ考えて準備をしてきていた。
(贈り物も様子できたし、あとで渡そう。喜んでもらえるといいな)
贈り物を忍ばせた荷物を持つ手に、ぎゅっと力をこめる。
(それと・・・せっかく旅行にまで連れて来てもらったんだから、その思い出に旅先のものも何かプレゼントしたい。光秀さんが喜んでくれそうなものが見つかるといいんだけど・・・)
きょろきょろと市を見まわしていると、隣で面白がるように笑われる。
光秀「落ち着きがないな。何か欲しいものでもあるのか?」
(っ・・・・・探すのについ夢中になってた)
「あ、いえ・・・・・・ただ珍しかっただけです」
光秀「遠慮ならばする必要はないぞ。せっかくの旅行だからな。気になるものがあれば言え」
「ありがとうございます。寄りたいお店があったら私も言いますから、光秀さんも遠慮しないできださいね」
光秀「ああ、そうする」
(光秀さんの欲しいものを買いたいんだけど、直接聞いても、はぐらかされちゃいそうだな。それとなく探ってみよう)
市を歩きだしながら、さりげなく光秀さんの様子を観察する。
光秀「・・・・・・」
(うーん、特にどこか寄りたいって感じもないな)
光秀「買い物をする前に茶屋に寄ろう」
「あ、そうですね。ひと休みしましょうか」
(ここまで結構遠かったし、光秀さんもお疲れだよね)
光秀「この先にある茶屋は、甘みの評判が良いそうだぞ」
「そうなんですね! 楽しみです」
(・・・・・・あれ?)
嬉々と返事をしてから、違和感を覚えた。基本的に食に関心がない光秀さんが、自分のために店の評判を調べるとは考えがたい。
(これって、私のために調べておいてくれた・・・?)
「光秀さん、もしかして・・・・・・」
尋ねようとした途中で、思い直して言葉を呑む。
(私のために茶屋に寄ってくれるのか、なんて聞いても、光秀さんならきっと、自分も疲れてるからって言ってくれるよね・・・・・・)
光秀「ん?」
「あ、いえ! 何でもありません。光秀さんが誘ってくれて嬉しいなと思って・・・」
微笑んでみせると、光秀さんは私の頬に手を添え覗き込んできた。
光秀「嘘はいけないな。何でもない顔じゃないだろう?」
「あっ・・・・・・」
頬に触れている手が顎の方に滑り、やんわりとすくいあげられる。間近に迫った見透かすような瞳に、鼓動が跳ねた。
光秀「もしかして・・・・・・の続きは?」
「ええっと・・・・・・」
(どうしよう・・・・・・本当のことを聞く?でも、どうして私のために、なんて聞くのも野暮だし・・・・・・)
往来で今にも口づけられそうな状態でいるのも恥ずかしく、なんとか言葉を紡ごうと焦りながら口を開く。
「甘味の話が出たから・・・・・・光秀さん、もしかして、お腹がすいてるのかなって。それなら食事処に行くのもいいかなと思ったんです」
光秀「・・・・・・」
光秀さんはわずかに私をじっと見つめてから、手を離した。そして優しく微笑み、私の頭を撫でる。
光秀「腹が減っているのはお前だろう。茶屋ではなく食事処にするか」
「はい」
光秀「行くぞ」
光秀さんは私の手を取り、近くの食事処へ向かって歩き出す。
(・・・・・・誤魔化せたのかな)
光秀さんに合わせて歩きながら、その横顔を見上げる。
(それとも、誤魔化せてはないけど・・・・・・何も言わないでいてくれてる?光秀さんの態度は変わらずだから、わからない・・・・・・でも、これ以上ぐるぐる悩んでいるとまた怪しまれそう)
気持ちを切り替えて、光秀さんの手をぎゅっと握り返した。
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食事処に着き席に座ると、お品書きを見て目を瞬かせる。
(わぁ・・・! この辺りの特産物を使ってるんだ)
どの料理も興味が引かれるものばかりで、お品書きを見ているだけで浮き立つ。
「光秀さん、どれも美味しそうですよ!」
光秀「それは良かった。お前の喜ぶ顔が見られて何よりだ」
(わ・・・・・・)
甘い笑顔を見せる光秀さんに、胸が疼く。
(優しいな、光秀さんは)
「光秀さん、何を食べましょうか?」
光秀「お前の食べたいものをふたつ選べばいい。分け合えば、二倍楽しめるだろう」
(・・・・・・たしかに光秀さんは食事がどんな味でもこだわらないし、私は喜ばせて嬉しそうに笑ってくれるのも嬉しいけど・・・・・・)
「光秀さん」
光秀「ん?」
「ひとつは光秀さんが選んでください。分け合うのは大賛成です」
(光秀さんの誕生日なのに、光秀さんの希望がないのは寂しい。光秀さんにも、ちゃんと希望を言ってほしい)
「私はこれにします。光秀さんは?」
尋ねながら、広げたままのお品書きを手渡す。
光秀「・・・・・・そうだな」
お品書きにさっと目を通した光秀さんは、メニューのひとつを指先でとんとんとさした。
光秀「これにする」
(それ・・・・・・!私が迷ったもう一品を選ぶなんて・・・・・・心、読まれてる?)
光秀さんを見ると、含んだようににやりと口角が上がる。
光秀「俺が食べたいと思ったものを選んだだけだぞ」
(愉しそうな顔して・・・・・・これ、絶対わかってて選んだんだ)
もちろん、私の食べたい物を察して選んでくれたことは、嬉しいけれど・・・・・・
(光秀さんの食べたい物を選んでほしかったんだこどな)
光秀さんは近くの店員を呼び止め、ふたつの品を注文した。
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食事を済ませ、再び賑やかな町中を歩く。
「料理、すごく美味しかったですね」
光秀「お前が気に入ったならば良かったな」
「はい。この土地の特産物だったので、光秀さんと一緒に食べられて嬉しいです」
光秀「そうか」
(あ・・・・・・)
話しながら歩いていると、ふと行商が路上に品物を広げているのが目に留まった。
(あのお店の茶器、どれもすごく素敵。光秀さんが使ったら似合いそう。贈り物にいいかもしれない)
気になっている私を見て察したのか、光秀さんが足を止める。
光秀「寄って行くか」