翌日------
散り散りになっていた織田軍の武将達が、数日ぶりに、顔を合わせた。早朝に到着した家康と三成くんは、何が起きたか聞き終えると、愕然としたように口を閉ざした。秀吉さんと政宗、私も、車座になって座ったまま、何も言わずにいる。大将である信長様は、ここにはいない。沈黙が続く中、秀吉さんの隣で私は、自分の胸をぐっと押さえた。
(まだ、信じられないよ)
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秀吉「おい、お前!信長様はどこにおられる!?」
顕如の手先「はっ、無様に焦ろうがもう手遅れだ。あの鬼は------どこにもおらん」
政宗「どこにも・・・・・・?」
(どこにもって、ことは・・・・・・まさか)
顕如の手先「信長は、死んだ」
秀吉「・・・・・・!」
(嘘、でしょ・・・・・・?)
言葉をなくす私達に、顕如の部下は高笑いして告げた。
顕如の部下「戦の渦中に殺してやったわ。亡骸(なきがら)は今頃、顕如様の元に届いていることだろう。安心しろ、獲物を射止めたからには、我々が織田勢を攻めることは二度とない。私は、それを伝えに来たのだ。殺すなら殺すがいい」
秀吉・政宗「・・・・・・」
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私達に最悪の事実を突きつけたあと、顕如の部下はその場から連れ去られた。捜索に向かうか否かの議論は断ち切られ、全員が行き場もなく、眠れぬ夜を過ごした。
秀吉「------俺達がこれからすべきことが、ふたつある」
最初に重い口を開いたのは、秀吉さんだった。落ち着いた口調だけれど、目の奥ががらんどうのように暗い。
秀吉「信長様が倒れられたと知れ渡れば、織田に反旗を翻し下克上を目論む輩が続出するだろう。急ぎ安土へ戻り、守りを固める必要がある」
三成「早馬を送り伝えましょう。光秀様を牢から出し、指揮にあたっていただくように、と。私も、この軍議が終わり次第、引き返します」
秀吉「わかった、頼む」
三成「・・・・・・はい」
家康「俺達がやるべきもうひとつのことは------顕如達を追うこと、そうですよね?」
秀吉「ああ、そうだ」
秀吉さんと家康は、静かに視線を交わし、頷き合った。
(顕如を、追う・・・・・・仇討ちのために、だよね・・・・・・)
秀吉「奴らはもう、俺達と表だって戦う理由がなくなった。身を潜め、姿をくらますつもりだろう。一人たりとも、逃しはしない」
秀吉さんの声が、低く重く、天幕に響いた。
(表情も声も落ち着いてるけど、いつもの秀吉さんじゃない。きっと今、秀吉さんは・・・・・・身体じゅうで、命懸けで、怒ってる)
家康「言っときますけど、俺も出ますよ」
らんらんと瞳を光らせ、家康がいつになく固い声で告げる。
家康「何年かかろうと、全員見つけ出して、この手で殺す」
(家康・・・・・・)
家康の全身からも、憎しみがたちのぼっているようだった。
政宗「落ち着け、お前ら。もうひとつやるべきことがあるだろう」
秀吉・家康「・・・・・・」
政宗「信長様の亡骸(なきがら)がまだ見つかってない。どんな手を使っても探しだすぞ。ほんのわずかだが希望もある。俺達自身が、あの方の死に目を見てないことだ」
家康「そんな小指の爪ほどの希望にすがるなんて能天気なこと、俺にはできない!」
三成「家康様・・・・・・」
家康「信長様はこれまで、天下布武のために生温い手段なんて選ばずにきた。あの人を骨の髄まで恨んでる輩は、ごまんといる。そういう生き方を、あの人はしてきた」
政宗「・・・・・・それは、俺もわかってはいるがな」
政宗は、沈痛な面持ちの家康の肩をそっと叩いた。
(信長様が生きてる可能性は、ほぼないんだ・・・・・・)
気温が急に下がったように、身体が芯から冷えていく。
(すごく悲しい。すごく腹が立つ・・・・・・。このやりきれなさは、言葉にできない。皆にかける言葉も、見つからない)
自分の無力さが身に沁みて、私は膝の上に置いた拳を固く握った。
織田の兵「あのっ、困ります!どうかお引き取りを・・・」
(ん・・・・・・?)
天幕の外が、にわかに騒がしくなり、顔を上げる。
???「悪いな、見張りくん。俺は女の頼みごと以外聞かない主義なんだ」
???「くだらねえこと言ってねえで、あんたはさっさと先に進んで下さい」
???「すいませんが通してください。このまきびし、差し上げますから」
(あれ!? この声・・・・・・)
息を呑んだ直後に天幕が跳ね上げられ、ありえない三人組が目に飛び込んできた。
信玄「よう、邪魔するぞ」
幸村「どーも」
佐助「ゆうさん、こんにちは」
「信玄様、幸村、佐助くん!?」
家康「信玄、だと・・・・・・!?」
三成「なぜ、ここへあなた方が・・・・・・っ」
政宗「一時休戦の講和を結んだからって、ずいぶんと馴れ馴れしい真似をしてくれる」
信玄「まあ、そうカリカリするなよ。あ、いたいた、ゆうー」
(えっ、私?)
信玄様はニコニコ笑いながら、私の隣に腰を下ろした。
信玄「また逢えたな、美しい姫」
「あの、ええっと・・・・・・その節はお世話になりました・・・・・・」
秀吉「・・・・・・おい、てめえ」
秀吉さんが不意に、私の腰へと腕を回し・・・(あ・・・・・・)
私を抱き寄せ背中に隠すと、研ぎ澄まされたナイフよりも鋭い視線で、信玄様を睨んだ。
秀吉「悪いが今、俺は冗談を聞き流せる余裕がないんだ。首と胴体が繋がったままかえりたけりゃ、今すぐ黙れ」
(秀吉さん・・・・・・)
信玄「いい目をするな、秀吉。敵にしとくにはもったいない」
幸村「信玄様、煽るのはそこまでにしてください」
佐助「ええ、そうです。さすがに空気を読んだ方が・・・」
信玄「こんな時に、空気なんて目に見えねえもん読んでられるかよ」
織田軍の将を見回す信玄様の笑みが凄みをました。
信玄「聞いたぞ。信長、死んだんだってな?」
政宗・三成「・・・・・・っ」
家康「どこでそれを・・・・・・っ」
信玄「こう見えて情報収集は得意なんだ。知らせを聞いた時には、思わず笑っちまったよ
秀吉「------もう一度言ってみろ、殺すぞ」
信玄「おう、やってみろ。俺は何度でも言うぞ」
口の端を上げた直後、信玄様の顔から笑みが消えた。
信玄「笑う以外ねえだろうが、こんな馬鹿な話。俺が殺すはずの男が、勝手に死にやがったんだからな」
秀吉「・・・・・・」
(っ・・・・・・信玄様は前にも、信長様の話をしてた時、こんな顔をしてた)
憎しみの深さが伝わってくるようで、息が詰まった。
信玄「信長の首をこの目で見るまで、俺は信じねえ。そのために、お前らに俺の手足を貸してやることにした」
(え・・・・・・?)
政宗「どういうことだ」
幸村「不本意だけど、お前らの弔い合戦を手伝ってやる」
佐助「謙信様の傘下の将が、迷惑をかけた借りもありますから」
(それじゃ・・・・・・幸村と佐助くんは、私達を手伝いに来たの!?)
秀吉「------こればっかりは、冗談ってわけじゃなさそうだな」
信玄「当然だ。じゃなきゃ敵陣に乗り込むなんて酔狂な真似はしない」
ふっと険しい表情を緩め、信玄様が私にウインクした。
信玄「まあ、ゆうみたいな美人がいることだし、今後は何度でも乗り込みたいけどな」
(ここで私に振る!?冗談なのはわかってるけど・・・・・・っ)
1. ええっと・・・ ♡
2. 私には心に決めた人が・・・
3.冗談でも今は・・・
「ええっと・・・」
秀吉「ゆう。目を合わせるな」
ぴしゃりと言って、秀吉さんは私の視界から信玄様を背中でさえぎった。
秀吉「一つ聞く。信玄、お前は信長様が生きてると思ってるのか?」
信玄「------いや、九割九分、死んでるだろう。だが納得できねえ、このままじゃな。お前らと俺は、動機は逆でも願いは同じだ。信長に今、死なれちゃ困る」
秀吉「・・・・・・」
(生きるためと、殺すため------。私達と正反対の理由で、信玄様は協力を申し出たのか・・・・・・)
信玄「ただし、俺は、あてもなく願ってるってわけでもない」
政宗「・・・・・・どういうことだ」
信玄「ガセかもしれないが、今日の早朝に信長を見たって情報を手に入れた」
家康・三成「え・・・っ?」
(信長様が、生きてる・・・・・・!?)
秀吉「それを先に言え! 場所はどこだ!?」
(信玄「そう焦るなよ。信長を見かけたと、この近くの土地の農民達が噂してるのを掴んただけだ。彼らは信長の顔さえみたことないはずだ。十中八九、武士らしき男を見かけただけってオチだろう」
秀吉「それでも、教えろ」
信玄「幸村と佐助を連れていくなら、地図を渡す。・・・・・・どうかな?」
秀吉「------いいだろう、この話、受けよう」
政宗「俺も異論はない。足を引っ張るなよ、お前ら」
佐助「善処します。このメンバーと過ごせることは歴史ファン冥利に尽きます」
三成「めんば・・・・・・、歴史ふぁん、とは何ですか・・・・・・?」
「っ・・・三成くん、気にしなくていいよ。佐助くんや私の国の・・・ええっと、方言みたいなものだから」
慌ててフォローを入れた時、家康が冷ややかに呟いた。
家康「あんた達が戦の最中に勝手に野垂れ死んでも、俺は知らないよ」
幸村「あ?なめんじゃねえぞ、そこの猫っ毛」
猫っ毛って。。。ワロウタ
家康「は? 今、関係ないだろ、それ」
(っ・・・・・・この二人、相性悪そうだな)
信玄「こらー幸(ゆき)、早々にケンカしない」
幸村「・・・・・・はいはい、わかってますよ」
信玄「はい、は一回」
幸村「はいはいはい」
信玄「ったく、くれぐれも仲良くな、二人とも。信長を殺すまでの辛抱だ」
信玄様は、にこにこしながら恐ろしいことを言い放ったあと・・・地図を取り出し、秀吉さんに手渡した。
信玄「ってことで、秀吉。俺の懐刀(ふところがたな)とその相棒、預けたぞ」
秀吉「確かに、受け取った」
信玄「じゃ。まあ、よろしく頼むわ」
片手を上げて、信玄様がすっと立ち上がる。そのまま歩き出すのを見て、幸村の表情がさっと強張った。
幸村「お待ちください、信玄様。お見送りを」
信玄「いらねえいらねえ。またなー、ゆう」
ひらひらと手を振って、信玄様は行ってしまった。
(なんだか、掴めない人だな・・・・・・)
けれど、明らかに場の空気が変わっていた。曖昧な情報ではあるけれど、信長様は、生きてるかもしれない・・・小指の爪ほどの希望が、手のひらくらいにふくらんだ。
秀吉「幸村、佐助。信玄は気に食わないが、協力するからには連携して動きたい。短い間になるけど、仲間として受け入れる。よろしく頼む」
幸村「おー。面倒だか、俺の思いは信玄様と同じだ。しばらくの間、世話になる」
佐助「どうぞよろしくお願いします」
(佐助くんと幸村が、仲間・・・・・・。なんだか変な感じだな。でも、心強い)
それから、新たなメンバーで会議が再開され・・・改めて、三つの組に分かれて動くことが決まった。三成くんは当初の予定通り、安土に戻って光秀さんと一緒に守りを固める。家康と幸村が、信長様の目撃情報を頼りに、調査に向かう。そして------秀吉さんと政宗が、顕如を追撃することになった。
佐助「俺も追撃組に参加します。秀吉さん、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
秀吉「わかった、一緒に来い」
(佐助くんも、戦に出るんだ。信長様を長い間狙っていた黒幕との戦いが、ついに、始まる・・・・・・)
この場の全員が、静かに闘志を燃やしている。けれど私の胸に湧きおこっていたのは、戦を前にした興奮とは別のものだった。
秀吉「ゆう。お前は三成と一緒に安土へ帰す。支度しとけよ」
(・・・・・・やっぱり、そうなるよね)
私は戦の役には立たないし、秀吉さんが身を案じてくれているのはよくわかる。けれど------
「私は、安土には、帰らない」
秀吉「え・・・・・・?」
「前線についていくなんて言わない。きけんなことはしないから、後衛にいさせて。炊き出しの手伝いでもケガした人の看護でも、何でもする。お願いします」
秀吉「駄目だ」
(駄目っていうのは、わかってた。でも------)
ある思いを胸に、私は顔を上げ、秀吉さんを真っ直ぐに見つめた。
「ごめん、秀吉さん。駄目でも何でも、私は、帰らない」
秀吉「ゆう・・・・・・?」