梅雨の長雨がようやく終わりに差しかかっていた、ある日の夜------
「今日も一日お疲れ様、幸村」
幸村「おー。って、お前こそ一日働き詰めだっただろ」
「わ・・・・・・っ」
乱暴なようでいて、優しい手つきで幸村がふわりと私の頭を撫でる。
幸村「疲れてるだろうし、ちゃんと寝るまで今夜はそばで監視してやる」
「『今夜は』って、いつも一緒に寝てるじゃない」
幸村「・・・・・・うるせー」
照れ顔の幸村に抱きすくめられ、甘酸っぱい気持ちが胸に広がった。
「・・・・・・そういえば、本当に肌身離さず持ってるんだね」
幸村が文机へと置いた物に気づいて、私は口を開いていた。
「その------六文銭(ろくもんせん)」
幸村「・・・・・・ああ。真田家の決まりだからな」
バラバラにならないよう、紐で一つに連ねられた六文銭に、幸村も視線を向ける。
(幸村から直接聞いたことがある。六文銭は三途の川の渡り賃で・・・・・・幸村にとっては、大事なものを守るために命をかけて戦う覚悟を忘れないためのもの)
「・・・・・・とても大切なものなんだよね」
幸村「まあな。ただ、今の俺にとっては・・・・・・命をかけてお前を守るって覚悟の証でもある」
なんか、たまにこういうこと言われると照れるよね(๑♡ᴗ♡๑)
「っ・・・・・・うん」
胸が熱くなり、同じように熱を持った頬を、幸村の手のひらが包みこむ。
幸村「何、赤くなってんだよ」
「幸村だって、赤くなってるよ」
幸村「お前のが移ったんだ」
「っ、ん」
掠めるだけの口づけが落ちて、胸の奥がぎゅっと音を立てた。
「・・・・・・あれ?」
幸村「どうかしたか?」
「! ううん、何でもない」
とっさに誤魔化したけれど------
(六文銭を束ねてる紐・・・・・・ちょっと古くなってるように見えた。よし。幸村の誕生日プレゼント決めた!)
密かに決意した瞬間、幸村の腕が再び私を引き寄せる。
幸村「ほら、そろそろ寝るぞ」
「ん、っ」
抱かれたままで、口づけが甘く唇を塞ぐ。
「っ、幸村・・・・・・」
幸村「目、閉じろって」
瞳を閉じた瞬間、幸村の腕に導かれ、身体が布団に横たわる。
(幸村の優しさはありがたいけど・・・・・・まだ眠れそうにない)
幸村「あ、寝ろって言っただろ」
「そうしたいけど、無理だよ。幸村な近くにいるから」
幸村「・・・・・・仕方ねーやつ」
「あ・・・・・・」
首筋に触れた口づけの温もりに、思わず肩が揺れる。
幸村「けど、俺も同じだ。もうお前のこと寝かせてやる気、なくなった。このまま離さねーから」
「うん・・・・・・私も、離したくないよ」
幸村「わかってる」
(今日だけじゃなくて、ずっとそばにいたいから・・・・・・私も、その想いを幸村に贈るよ)
もつれ合うように抱き締め合いながら、私は改めて想いを強くした。
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それから数日が過ぎ------
夏の訪れを予感させるような、青空に映える雲が漂う昼下がりのこと。
「これで必要なものはほとんど揃ったかな」
仕事が休みの日を利用して、私は城下町へと買い物に来ていた。
(城下に来る前に神社にも寄って、六文銭に使う銭を清めてもらったし・・・・・・少しでも頑丈にするための、組み紐を作る用の糸も買えた)
「あとは・・・・・・安土に送った手紙次第か」
幸村の誕生日に贈るもの------それに必要な材料のなかに、どうしても春日山の城下ではあまり出回らない物があった。
「異国の品物ならなおのこと、安土の方が品数が多いんだけど・・・・・・」
(同盟関係が続いているとはいえ、幸村のプレゼントで使う物だから、協力してもらうのは難しいかもしれない・・・・・・)
「でも、合理的な色の染め糸が手に入ったし、まずは一安心------」
幸村「何がひと安心なんだ?」
「思ってた以上に綺麗な赤い糸が・・・・・・って、え?」
すぐ隣で聞こえた声に、ゆっくりと振り返った。
「ゆ、幸村!? きゃ・・・・・・っ」
思わず声を上げてしまった直後、幸村が慌てて私の口を片手で塞ぐ。
「おまっ、声がでかい!」
すぐに口元の手が離される。
「ご、ごめん! でも、突然現れたら驚くに決まってるでしょ・・・・・・!」
幸村「悪かったな。俺もそこの甘味処からでてきたばっかりだったんだよ」
「甘味処? あそこの通りにある甘味処って・・・・・・」
(知る人ぞ知る、極上の栗団子が売ってるお店・・・・・・)
「もしかして、信玄様におつかいを頼まれたとか?」
幸村「ああ。突拍子もなく『あの店の栗団子を食べないと死ぬ病なんだ』とか言い出してよ」
信玄様、可愛い♡
幸村「けど・・・・・・あー、そういうことか」