商人「船はもうじき出航する。諦めてこれからは俺と人生を共にして」
(そんなこと、できるわけない。だって私が想う相手は光秀さんしかいないのに)
必死に身をよじり、商人の手を振り払おうとしていると------
光秀「なるほど。惚れた女に枷をはめるとは、ひどい男だな」
(光秀さん・・・・・・!)
いつもの余裕のある表情を浮かべ、光秀さんが甲板に現れた。
(・・・・・・もうダメかと思った)
恋人の姿を見て、わずかに安堵するけれど、商人がギラッと光秀さんを睨みつけるのを見て、一瞬落ち着いた鼓動が再び騒ぎだす。
商人「もうお前のゆうじゃない。この子は俺の国で共に生きるんだ」
光秀「共に生きる? その様子では、監禁でもするように見えるが?」
商人「貴様・・・・・・!」
商人はすばやくピストルを取り出し、銃口を光秀さんへ向けた。
「! 待っ・・・・・・いたっ・・・・・・!」
掴まれていた腕をいっそう強く握られ、制止の言葉を阻まれる。
光秀「・・・・・・。愛しているわりにずいぶんな扱いだな」
光秀「それ以上、ゆうを傷つけられる前に相手をしてやろう」
光秀さんが腰から抜き放ったのは、銃ではなく、なぜか刀のほうだった。
「どうして・・・・・・」
商人「ピストル相手に刀とは・・・・・・決着はついたな」
(いくら光秀さんが強くても、危険すぎる。私が少しでも逃げられれば・・・・・・!)
「お願い、光秀さんを傷つけないで・・・・・・っ」
商人「っ!?」
恐怖を押し込め思いっきりもがくと、私の腕を掴む商人が怯んだ。次の瞬間、光秀さんが距離を詰めピストルを蹴り上げ------
光秀「俺から目を離すとはずいぶん余裕らしい」
商人「ひっ・・・!」
商人の鼻先へ、鋭く光る刃が突きつけられる。
光秀「安心しろ、殺しはしない。だがゆうから離れろ」
(光秀さん・・・・・・っ)
低く怒りの滲んだ声に、商人の顔が青ざめる。
商人「・・・・・・どうして、ここがわかった」
光秀「貴殿が書いたゆう宛の文を読んだだけだ『どんな手を使ってでも、君を自分のものにしたい。今夜、俺と一緒に国へ帰ってください』とは・・・・・・ずいぶんと身勝手なものだな」
(そんなことが書いてあったの!?)
おーい、読んでないんかい!私。。。
商人「た、確かに身勝手かもしれない。けど、俺は本気でゆうを愛してる。愛情があるからこそ、手に入れたいと思っても仕方がないだろう?」堪えきれないように商人が叫ぶと、光秀さんの瞳が獰猛に光った。
光秀「足枷をはめ、さらに自国の着物を着せて人形のように扱う。教えてやろう。それは愛情とは言わない」
商人「・・・・・・っ」
(いつも感情の読めない光秀さんが・・・・・・私のためにこんなにも怒ってる)
あまりの迫力に圧倒されると同時に、光秀さんの愛をひしひしと感じる。
光秀「これ以上、貴殿が大切に想う相手を傷つけるな」
商人「俺の・・・・・・大切な・・・・・・」
光秀「その気持ちは確かなのだろう?」
商人「・・・・・・」
私のほうを見た商人が、悲しそうに顔を歪めてその場に膝をついた。
商人「・・・・・・ゆうを、好きなのは確かだ。でも・・・・・・本当は異国の地での寂しさを埋めたくて、ゆうを利用しようとした。ごめんなさい、俺の勝手な気持ちを押し付けてたんだ」
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その後、南蛮の船を無事に降り、御殿への帰り道------
(助かったのはいいけど・・・・・・ちょっとというか、かなり恥ずかしい)
私は着物ではなく、西洋のドレスをまとったままだった。道を行き交う人たちが、物珍しそうに私のほうを振り返っている。
「光秀さん、どうして着物に着替えちゃいけないんですか」
光秀「何、可愛らしいお前の菅田を少しでも長く眺めていたいと思ってな」
「っ・・・・・・、本気で言ってますか?」
光秀「当然だろう。どうかしたか?」
光秀さんの薄い唇が綺麗な弧を描く。
(その涼しげな顔・・・・・・)
「絶対、私を動揺させて、楽しんでますよね」
光秀「おやおや心外だ。俺はさっきからお前に見惚れてばかりだぞ」
(う・・・・・・。本当なら嬉しいけど。でもドレスって、思った以上に重くて歩きづらいな)
ドレスの裾を持ち直し、ふうっと息をつくと、光秀さんが私の手を絡め取った。
光秀「おいで。少し寄るところがある」
(寄るところ?)
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光秀さんに連れられて入ったのは、馴染みの茶屋だった。店主は光秀さんが注文した温かいお茶と、豆の甘煮をつくえに置き奥へ戻っていく。
「御殿に早く帰らなくていいんですか?」
光秀「すでにお前を助けたことは文で知らせてあげる。それに・・・・・・お前は帰りたいのか?せっかく俺とふたりきりだろう」
(それは嬉しいけど・・・・・・)
光秀さんがここへ寄った理由がなんとなく気になってしまう。
光秀「さほど長居はしない。少しの休憩だ」
「休憩・・・・・・。あ、もしかして私がドレスで歩きづらそうだったからですか?」
光秀「それもあるが・・・・・・詫びでもある」
「詫びって?」
豆の甘煮を食べる手を止め首をかしげると、指先が伸びてきて私の頬を軽く撫でた。
光秀「あの商人の元へ、お前をひとりで行かせた俺が悪かった。怖い思いをさせたな」
優しい〜(๑♡ᴗ♡๑)世の男達聞いたかーーー!
(そんな・・・・・・光秀さんはちっとも悪くないのに。私が不用心だったんです。気を付けていれば、さらわれることもなかったのに」
「でも・・・・・・」
光秀「ん?」
「あの人、寂しかったんですね」
甲鈑に膝をつき、何度も頭を下げる商人の横顔には後悔が滲んでいた。
「習慣も考え方も違う場所で暮らす大変さは、私も嫌というほど味わいました。だからあの人の寂しいって気持は、よくわかります」
(だけど、私には光秀さんがいてくれた)
さんざん意地悪されて、それ以上に助けてくれて、今では誰よりも大切に想う人になった。こうして一緒にいられる日々は、奇跡のようにさえ思う。
光秀「ほう・・・・・・ずいぶんと切ない眼差しをしているな」
「え?」
光秀「それほどあの商人のことが気になるのか?」
わずかに声が低くなった光秀さんに目を瞬く。
「いえ、私が今思い浮かべてたのは光秀さんのことですよ?光秀さんと出逢えてよかったなと、改めて思ってました」
光秀「・・・・・・そうか」
なぜか光秀さんはわずかに視線を逸らし、お茶を口へと運ぶ。
(あれ、思ったよりそっけない。もしかして、勘違いして妬いてくれたのかな?なんて、こんな些細なことでいちいち嫉妬したりしないよね)
光秀「どうやら俺は、思った以上に惚れ込んでいるらしい」
小声で何か呟いた光秀さんは、手のひらを私の頭へ滑らせた。
光秀「不用心だったという、お前の言い分は承知した。だが、好きな女くらい守らせろ」
「え・・・・・・」
光秀「これから先、ゆうが遠くへ攫われるようなことがあっても、必ず迎えに行く。何処へでも、何度でも・・・・・・な」
迷いのない凛とした瞳にドキッと心臓が高鳴る。
(悔しいけど・・・・・・やっぱりこの人に敵う気がしない。たったひとことで、こんなにも私を嬉しくさせてくれる)
甘く胸が痺れ、向けられる視線を受け止めた。その時------ふと光秀さんの視線が私の膝上に注がれる。
光秀「ところで、その反物はどうするんだ?」
それは帰り際、あの商人からお詫びの品にと渡された反物だった。
「せっかくいいものなので、着物を仕立てようと思います」
光秀「だが見る限り、男物の布地だろう。なぜあの商人はわざわざそれをお前に渡した?」
「ええっと、それは・・・・・・」
(私が反物を探していた理由を、あの人が知ってたからなんだけど・・・・・・)
光秀「隠し事は、さっさと吐いたほうがすっきりするぞ?」
「っ、ん・・・・・・」
長い指先が私の耳を軽く弾き、たまらず身をよじる。
光秀「まだ黙っているつもりなら、次は・・・・・・」
「は、話しますから・・・・・・!」
(もう・・・・・・当日まで内緒にしたかったのに)
光秀さんの手を軽く押し返して、苦笑をもらす。
「実は光秀さんへ、特別な着物を贈りたかったんです。もうじき、光秀さんの誕生日でしょう?」
光秀「・・・・・・なるほど。俺の着物を仕立てる反物を探すため、あの商人に会っていたのか」
「ふふ。正解です。驚かせるのは失敗しましたけど、喜んでもらえるよう、頑張って仕立てますね」
光秀さんの口元に、うっすらと色気が滲み------
光秀「そうか、それは楽しみだな」
(あ・・・・・・)
触れるだけのキスをして、光秀さんは唇を離す。
「きゅ、急すぎますっ。・・・・・・いくらほかにお客さんがいないからって」
光秀「何、俺のことを想い嬉々として喋るお前が可愛くてな」
「ん・・・・・・」
顎を持ち上げられ、もう一度唇が触れ合った。重なる唇の温もりが私の胸を焦がし、愛おしさが増していく。
(これだけで喜んでくれるなら、誕生日までに素敵な着物を仕立てて、もっと喜ばせよう)
当日、目の前の恋人が幸せに笑ってくれることを願いながら、私たちは熱い眼差しを交わし合った。