「え!?」
落としてしまった信長様宛の文を慌てて拾い、差出人の名前を見た私は、驚いて声をあげた。
(この名前って・・・・・・)
そこには『林秀貞』と書かれている。
「あ、あの・・・・・・これ」
信長「なんだ」
「信長様宛ての文です。差出人が・・・・・・」
信長「・・・・・・」
差出人の名前を見た信長様の瞳が、わずかに細められる。
(やっぱり・・・・・・この『林秀貞』さんって、信長様が追放したっていう、元家老の林さんだよね)
「信長様・・・・・・?」
信長「一旦帰るぞ」
「は、はい」
----------
その後------
後処理を終え、ふたりで部屋に戻る頃には、すでに日が暮れていた。
「信長様、今日はお疲れ様でした」
信長「ああ。ゆう、こっちへ来い」
「はい」
脇息にもたれる信長様のそばに座ると、くしゃりと頭を撫でられる。
信長「疲れた顔をしているな。先に休むが良い」
「ありがとうございます。あの、でも・・・・・・」
口ごもる私を一瞥すると、信長様は文を取り出した。
信長「これがそこまで気になるか」
「は、はい・・・・・・」
正直に頷くと、信長様はその文に目を通し始めて・・・・・・
信長「・・・・・・」
(信長様・・・・・・?)
一瞬だけ悩まし気な表情を見せた。けれど、すぐに顔を上げて文を差し出した。
信長「貴様が気にかけていた林からだ」
「っ、それって・・・!」
(やっぱりさっきの刺客は、林さんの復讐・・・・・・?)
私が思わず声をあげると、信長様はふっと笑った。
信長「貴様が何を想像したか、手に取るようにわかるな」
そう言いながら、文を手渡してくれる。
信長「先ほどの刺客たちは、謀反を起こそうとしていた小国の大名からのものだ。林ではない」
「そうだったんですね・・・・・・!でもその文は・・・・・・?」
ほっと胸を撫で下ろしながらも、未だ残る謎を知りたくて、文を開く。
(え・・・・・・)
そこには、信長様が林さんを追放した本当の理由が書かれていた。
「・・・・・・林さんは、奥様がご病気だったんですね」
信長「ああ」
(信長様が林さんを追放したのは、国で闘病中だった奥様が永くないとわかったからで・・・・・・文には『その妻が、先日亡くなった』と言う内容が書かれていた。『再期に看取ることができたのは、信長様のお陰でございます』
そんな、感謝をつづった文に驚きを隠せない。
「信長様・・・・・・これって・・・・・・」
信長「そこに書いてあることがすべてだ」
静かに笑みをたたえた信長様は、手を伸ばし、私の髪を優しく梳く。
信長「気になっていたのだろう? 最後まで読むが良い」
「はい。ありがとうございます」
喜びと安堵が入り混じるのを感じながら、二枚目の文に視線を落とす。
「・・・・・・!」
『佐久間が先日、線香をあげにきてくれました』という一文に目を瞠(みは)った。
『信長様のおかげで、持病を患っていた佐久間も今ではすっかり穏やかに暮らしております』
(佐久間さんも、持病があったんだ!だから、信長様が暇を出した・・・・・・そういうことだったんだ・・・・・・あ、追伸)
『ゆう様という連れ合いができたことを風の噂でお聞きしました。どうぞ、仲睦まじくお過ごしください』
(風の噂って・・・・・・)
「ありがとうございました」
信長様に文を返すと・・・・・・
信長「なにか言いたいことがあるようだな」
「えっ。どうして本当のことをみんなに話さなかったんですか?」
信長「それは・・・・・・家老たちが俺の判断をどう捉えているかはわかっているが、怠慢と裏切りの抑止力となっているならば、誤解も解く必要はない。長く仕えた家老が個人的な理由で俺の元を離れるのは士気も下がると、奴らからの提案でもあった」
「おふたりを思ってのことだったんですね」
信長「いや。合理的な判断だと思うからそうした、それだけのことだ」
(合理的な判断・・・・・・か)
淡々と告げられた言葉は、信長様の口からよく聞くもので・・・・・・
(信長様はいつもそう言うけれど、決してそれだけじゃない。無自覚なのかもしれない。でもそれは、間違いなく・・・・・・)
「信長様。それは、あなたの優しさでもありますよ」
信長「何?」
「でなければ、こんな文は届きません」
信長「・・・・・・なるほどな」
どこか納得した様子の信長様が、私へ手を伸ばして-----
信長「来い」
手首を掴み、ぐっと引き寄せる。倒れ込んだ私の身体をたくましい胸板が受け止めた。そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。
信長「貴様がそう言うのであれば、それでも良い。自分ではそうは思わんが。貴様に笑顔が戻るのならば、良しとする」
「・・・・・・っ」
抱かれた腕から感じるぬくもりが身体中に広がり、幸せが満ちていく。
「信長様は、お優しい方です」
(こんなに優しい人を、私は他に知らない)
愛おしさを感じながら信長様を見つめると、長い指先が私の顎を捉えて、ゆっくりと口づけられた。
「ん・・・・・・」
唇が離れ、間近で視線が絡み合う。
信長「貴様が優しくされたいのならば、今宵はそうしてやる」
「・・・・・・っ」
艷を帯びた信長様の手が、私の着物の上を穏やかに撫でおろしていく。
(またひとつ、信長様のことを知ることができた。それがすごく嬉しい・・・・・・あなたのことを、知れば知るほど、好きになっていく)
戯れるように、何度も唇を触れあわせながら、特別に優しく抱かれる夜に、身を焦がしていった------