春の暖かさを感じられる、ある日の昼下がり-----
逢瀬の約束をしていた私は、信長様の部屋まで来た。
(あれ?声が聞こえるけど・・・・・・信長様以外に誰かいるのかな?)
部屋の中の様子を気にしながらも、襖を控えめに開く。
信長「来たか、ゆう」
脇息にもたれる信長様の前には、和紙に絵筆を滑らせている見知らぬ男性がいた。
信長「こやつは、安土一と言われる評判の絵師だ。一枚描かせろと頼まれた」
(信長様、モデルをやってるんだ!)
絵師「姫様、申し訳ございません。しばしお待ちいただいてよろしいでしょうか?」
「あ、もちろんです! じゃあ、見学させていただきますね」
(そういえば・・・・・・この時代にはカメラなんてないから、こうして絵に描くしかないんだよね)
信長様が描かれた絵を見つめながらふと考え込んでいると・・・・・・
信長「ゆう」
「はい」
信長「そこまで食い入るように絵を見なくとも、貴様の方が俺の隅々まで知っているだろう?」
「っ、からかわないでください・・・・・・!」
絵師「おふたりとも、仲がよろしいですね」
その時、からりと襖が開く。
秀吉「失礼いたします。信長様」
秀吉さんは神妙な面持ちで信長様に歩み寄り、書簡のようなものを差し出した。
秀吉「こちらを届けに参りました」
信長「・・・・・・ああ」
受け取った書簡を開いた信長様の表情も、どことなく緊張感を孕んでいる。
(何かあったのかな)
ふいに信長様がこちらを向き、ばっちりと視線が絡む。
信長「どうかしたか?ゆう」
「あ・・・・・・ええっと、何か深刻な問題でもあったのかなって・・・・・・」
信長「貴様が心配するようなことはない。報告を受けていただけだ」
「そうですか・・・・・・」
秀吉「では信長様失礼いたします。ゆうも、じゃあな」
秀吉さんは笑みを浮かべ、部屋を出ていく。
少しの不安を覚えつつも、信長様の言葉を信じて気にしないようにした。
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それから絵も無事完成し、約束通り信長様とふたりで城下へとやってくる。
「完成した絵、素敵でしたね」
賑わう通りを歩きながら、信長様の姿絵を思い出す。
信長「ああ。安土一と謳われるだけはあった」
「姿絵を描きたいって頼まれるなんて、信長様はやっぱりすごいです」
(後世に残る掛け軸とかになるのかな?そう思うと、すごい現場に居合わせちゃったな)
信長「俺は長い間、ただ座っていただけだ。面白くも何ともない」
「信長様。五百年後の世には、カメラっていうものがあって、絵を描かなくても、人や景色を一瞬で写す道具があるんですよ」
(信長様と一緒に写真、撮ってみたかったなぁ)
信長「ほう、便利なものだな。時を要さんのであれば、それ以上に効率的なことはない」
「もちろんそれもありますけど、その瞬間を形として思い出に残せることが、一番の魅力なんじゃないでしょうか。信長様にも、何か残しておきたかった思い出はありませをんか?」
信長「・・・・・・思い出か。貴様と出逢うまで、そのように考えたことはなかったな」
(え・・・・・・)
驚き、その横顔を見上げた時------
秀吉「信長様!」
血相を変えた秀吉さんが、私たちの元へ駆けつけた。
信長「どうした」
秀吉「至急、城にお戻りください。例の件で、新たなご報告が」
信長「ああ、わかった」
逢瀬は中断となり、私たちはすぐにお城へと戻った。
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広間に着いた時には、障子の向こうは陽も落ち暗くなっていた。
信長「・・・・・・」
すでに集まっているみんなの前で信長様が上座へと腰を下ろすと、秀吉さんが促すような鋭い目線を光秀さんに送った。
秀吉「光秀」
光秀「------ああ」
(っ・・・・・・なんだかふたりとも、いつもと雰囲気が違う。一体、何があったの・・・・・・?)
光秀「兄上殿------信広(のぶひろ)殿の亡霊が、反旗を翻しました」
(お兄さんの亡霊・・・・・・?)
政宗「亡霊? どういうことだ」
光秀「・・・・・・黒幕は、信広殿と交流の深かった大名だ」
光秀さんから発せられた大名の名前に、みんなは息を呑んだ。
信長「詳細を話せ、光秀」
(信長様のお兄さんって・・・・・・)
淡々としている信長様を見つめ、以前聞いた話を思い出す。
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信長「十三の歳、俺は初めてこの手で人を殺した。相手は兄から放たれた刺客だ」
(えっ?)
「お兄さんが刺客を放つって・・・・・・どういうことですかっ?」
信長「この乱世では珍しいことではない。家督(かとく)争いに身内殺しはつき物だ」
(っ・・・そうなんだ・・・)
信長「殺さねば死ぬ。ならば、殺すしかない。ためらう理由はないだろう。力を手に入れくだらん争いは終わらせると、その時決めた」
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(お兄さんとのことは、つらい過去だったはずだよね・・・・・・信長様が思い出に残したいことがなかったとおっしゃったのは・・・・・・お兄さんとのことがあったことも、原因のひとつなのかもしれない)
いつもと変わりなく軍議を進める信長様を見守りながら、痛む胸の前でぐっと手を握りしめた。
家康「・・・・・・」