ある秋の夜、私は安土城に届いた荷物を運ぶ手伝いをしていた。
(この荷物、結構重いな・・・・・・)
両手で大きな箱を抱えながら、よたよたと廊下を進んでいると、
光秀「なんだ。箱が歩いてくるのかと思ったぞ、ゆう」
「あ、光秀さん」
前方の曲がり角から現れた光秀さんが、私の前で足を止める。
光秀「荷運びの手伝いか。そんなものは他の者に任せておいたらどうだ?」
「いえ、お世話になってる身だし、このくらいは」
光秀「心がけは立派だが・・・・・・」
光秀さんは不意に手を伸ばして、私の脇腹をつつく。
「ひゃ・・・・・・っ な、なに?」
(荷物、落ちる!)
滑り落ちる箱を止めようとした私がふらついた時、
(わっ)
光秀さんは素早く私の腰に腕を回して支える。
光秀「危なっかしいな、お前は」
「っ・・・・・・光秀さん・・・・・・」
すぐそばで響く低い声に、どきっと鼓動が跳ねた。
(近い・・・・・・!)
光秀「非力では話にならんな。他の手伝いを考えろ」
「す、すみません・・・・・・って、そもそも落としそうになったの、光秀さんのせいじゃないですか!」
光秀「そうだな」
光秀さんはひょいっと荷物を持ち上げて、にやりと笑う。
(相変わらず、意地悪だ・・・・・・)
からかわれたのが悔しくて、私は光秀さんをにらむ。
光秀「で、この荷物はどこに運ぶんだ」
「え・・・・・・?信長様の部屋ですけど」
光秀「そうか」
光秀さんは箱を持ったまま、すたすたと歩き出す。
(もしかして、運んでくれるってこと?)
慌てて光秀さんのあとを追いかける。
「光秀さん、私持ちますよ!」
光秀「脇腹をつつかれて慌てるお前が面白かったから、手を貸してやる」
(まさか、最初から手伝ってくれるつもりだったとか・・・・・・?)
「あの・・・・・・ありがとうございます」
(意地悪だけどたまに優しいところもあるんだよね、光秀さんって・・・・・・)
光秀「人の顔を見上げながらちょこちょこついてくるところといい、お前は犬のようだな。あとで毬(まり)でも投げて遊んでやろう」
「犬じゃありません!」
むっとして言い返すと、光秀さんはますます面白そうに笑う。
光秀「きゃんきゃんよく吠える犬だ」
(ほんと、よくわからない人・・・・・・!)
腑に落ちない気持ちで、光秀さんの横顔をちらりと見る。
(そうだ。あとで部屋に戻ったら、イケメン武将トラベルガイドを読んでみようかな。光秀さんのこと、なにか書いてあるかもしれない)
ひそかに考えながら、光秀さんと一緒に信長様の部屋に向かった。
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翌日・・・・・・
私は広間の末座に腰を下ろし、会議を取り仕切る信長様の言葉に耳を傾けていた。
信長「これからの戦に向けて、兵の鉄砲の技術を向上させる必要がある。よって大規模な演習を行うことになったのだが・・・・・・」
広間を見回した信長様の目が、ぴたりと光秀さんに向けられる。
信長「光秀、貴様には演習の際、射撃の模範を務めてもらう。兵たちの前で、良き手本を見せてみろ」
光秀「はっ」
(射撃の模範・・・・・・?)
「あ!」
(これってもしかして、昨日読んだエピソードのことかも!)
寝る前に読んだ、イケメン武将トラベルガイドの一節が脳裏に閃く。
『明智光秀は、模範を務めた射撃演習で、通常の倍の距離から百発の弾を放ち、そのすべてを命中させた』
(本当だとしたら、すごいことだよね)
光秀「なんだ、ゆう、珍妙な声を出して」
(しまった。つい・・・・・・)
「あの、それってもしかして倍の距離から百発撃ったりしますか?」
身を乗り出して聞くと、武将たちに呆れた目を向けられる。
(あれ、違った?)
秀吉「倍の距離から百発って・・・・・・いったいその数字どっから出て来た?」
「ええっと・・・・・・」
(・・・・・・そっか。よく考えたら、本に載ってるエピソードは誇張して書かれてるに決まってるよね。変なこと言っちゃった)
しどろもどろになっていると、信長様がにやりと笑う。
信長「いや、なかなか面白いことを言う。光秀、貴様に百発の弾を撃たせてやる。もちろん倍の距離からだ」
「え・・・・・・っ」
信長様の言葉に、たちまち広間にどよめきが広がる」
秀吉「信長様、さすがにそれは・・・・・・いくら光秀の腕が良くても限度があります」
(どうしよう・・・・・・私が余計なことをいったばっかりに)
「そうですよ、無茶です!」
信長「貴様が言いだしておいて何を言う」
「そ、それは・・・・・・でも・・・・・・っ」
光秀「ゆう、よせ。おろおろするお前の顔を見ているのは愉しいが」
(っ・・・・・・なんでそんなに余裕そうなの?当事者なのに)
光秀さんは、涼しげな顔で信長様を見返す。
光秀「わかりました。倍の距離から百発の弾を撃てばよろしいのですね」
「光秀さん⁉︎」
信長「さすがは光秀だ。当日は何発当てることができるか、楽しみにしているぞ」
「そんな・・・・・・」
(大変なことになっちゃった・・・・・・)
広間のざわめきが収まったあとも、まだ呆然としている私の頭の中を、会議の続きが素通りしていった。
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ろくに内容を覚えていない会議が終わったあと・・・・・・
(光秀さんに謝らなきゃ)
先に広間を出てしまった光秀さんを追って、私は廊下に出る。
(ん?光秀さん、秀吉さんと一緒だ)
ふたりの会話の内容が聞こえてきて、私は足を止める。
秀吉「お前、本当に大丈夫なのか?自分から射撃の難度を上げておいて、今さら引き下がれねえぞ。失敗したら、兵たちに示しもつかない」
光秀「いつも人に食ってかかるくせに、おせっかいなやつだ」
秀吉さんの言葉に、光秀さんは肩をすくめる。
秀吉「・・・・・・別にお前がいいなら、俺はもうなにも言わねえ」
秀吉さんはまだなにかいいたそうな顔をしながらも、黙ってその場をあとにする。
(あ、行っちゃった・・・・・・)
光秀「立ち聞きか? ゆう」
光秀さんは私に視線を向けて、唇の端を吊り上げる。
「っ・・・・・・違います。偶然聞こえて。でもあんな言い方しなくても・・・・・・秀吉さんは光秀さんを心配してくれたのに」
光秀「あの世話焼きにはあのくらいでちょうどいい」
どこか柔らかい光秀さんの口調には、秀吉さんへの気遣いがにじんでいるような気がした。
(秀吉さんのこと嫌ってるわけじゃないみたいなのに、どうして遠ざけようとするんだろう)
光秀「それで、お前はなんの用なんだ?」