柔らかい風が吹く、ある春の夜。
(・・・・・・そろそろいいかな)
調理台の前に立った私は、火にかけていた鍋の木蓋をそっと持ち上げた。湯気が立ちこめ、だしの香りがふわりと漂う。
「いい香り・・・・・・」
ひとさじすくって味見をすると、
(・・・よかった。ちゃんと梅干しが効いてる。これなら、謙信様に喜んでもらえそう)
こっそり春日山城の台所を借りた私は、いつか謙信様に振る舞いたくて、秘密で梅干し料理を練習していた。
謙信「ゆう、ここにいたのか」
「・・・・・・!」
振り向くと、台所の入り口に謙信様が立っていた。慌てて鍋を火から下ろし、謙信様の近くへ駆け寄る。台所の中を見せまいと、入り口を塞ぐように立ち、笑顔を向けた。
謙信「こんなところで何をしている」
「なんでもありませんよ」
謙信「・・・・・・何を隠している」
「ええっと・・・・・・」
口ごもる私を、謙信様はじっと見つめる。
謙信「言え、ゆう。お前のことならば、俺はどんな些細なことでも知っておかねば気がすまんのだ。良い子だから中を見せろ」
(でも、ちゃんと作れるようになるまでは秘密にしておきたいから・・・・・・)
「ごめんなさい。だめなんです」
謙信「そこまで頑なに拒むとは・・・・・・頑固な守りだな。むしろ突破しがいがある」
(うそ・・・!変に火をつけちゃったみたい)
「謙信様・・・・・・っ?」
(わ・・・っ)
静止する前に、背中とひざ裏を支えられて軽々と身体が宙に浮く。そのまま、謙信様は私を抱えて台所の中へと入ってしまった。
謙信「・・・・・・。これは」
鍋を覗いた謙信様が、目を見開く。
謙信「梅干し・・・・・・?料理を作っていたのか」
(あーあ、ばれちゃった・・・)
「・・・・・・はあ。梅干し料理を練習していたんです。内緒で上手くなって喜んでもらおうと思ってたのに、ひどいです」
謙信様は、悩ましげに眉をひそめた。
謙信「・・・・・・悪かった。どうすれば許してくれる」
相変わらず不器用で可愛い愛だな💕
神妙な顔に絆(ほだ)されながらも、怒ったふりを続ける。
「じゃあ・・・・・・謙信様の秘密も、ひとつ教えてくださいますか?」
謙信「お前に対して秘密など持っていない」
(・・・・・・っ。即答だ)
謙信「・・・・・・お前に許されるためならばどのようなことでもするが、ないものをどう与えれば良いというのか」
謙信様が思い悩む様子に、じわり胸が熱くなる。さすがに罪悪感を覚え、冗談ですと言おうとしたその時。
謙信「わかった。まずは秘密を作る」
そうきたか。。。
「ええっ」
さっきまでの思い悩むような表情から一転し、意欲に燃えている様子で・・・・・・
謙信「待っていろ。必ずや、お前が満足するような秘密を作ってやろう」
(何だか、おかしなことになっちゃった・・・・・・!)
そうなのよね。謙信様、両極端だから、ちょいちょいおかしなことになるのよねー❗️そこが魅力ではあるけど。。。
謙信「先に休んでいろ」
「んっ・・・・・・」
謙信様は、私の唇に触れるだけの口づけを落として、颯爽とどこかへ行ってしまった。
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ゆうが床に付いたその頃、春日山城の広間には、謙信に緊急招集された武将たちが顔を合わせていた。
幸村「まったく。こんな夜中に急に呼び出しとか・・・・・・。どうしたっていいんですか」
佐助「俺にとってはそんなに珍しいことじゃないけど。急に宴をしたくなったか、戦をしたくなったか・・・・・・」
信玄「いや、ゆうがいないな。さては姫の機嫌でも損ねたか」
謙信「・・・・・・相変わらず察しのいい奴め」
幸村「え?まさか俺たち、痴話喧嘩を解決するために招集されたのかよ」
謙信「そんなくだらない理由ではない。ゆうに秘密を作る。内容を考えろ」
幸村「は・・・・・・?」
謙信「まあ、聞け」
その後、事情を聞いた武将たちは、大いに呆れながらも、謙信の秘密を作ろうと案を出し始めた。
信玄「そうだな。秘密と言えば・・・・・・怪しい女の影じゃねえか?」
謙信「却下だ。ゆう以外の女などに興味はない」
佐助「即答ですか」
謙信「当然だ。今日も・・・・・・俺のために密かに料理を練習していた姿も。それを暴かれて起こる顔も、すべてが魅力的すぎて、その瞬間を永遠に切り取って取っておきたい程だった」
幸村「惚気かよ」
謙信「何か、思い出を形に残す方法はないものか・・・・・・」
幸村「会議の趣旨変わっちゃってんじゃねーか」
信玄「いや・・・」
じっと聞き入っていた信玄が、不意に口の端を上げた。
信玄「案外、そうでもないかもしれないぞ。いいか------」
春日山城の武将たちは、声をひそめて何事かを話し合い始めた。
それから3日後・・・・・・
(謙信様、今日も忙しいのかな)
あたたかな日差しを浴びながら、庭で掃き掃除をしていると、
(ん?)
誰かに見られているような気がして、思わず手を止める。
(何だか二、三日くらい前から、お城の中で視線を感じるような・・・・・・)
振り返ると、女中さんらしき人がふっと目を逸らして立ち去っていくのが見えた。不審に思いながらも掃除を続けていると、
謙信「ゆう」
「謙信様・・・・・・!」
謙信「掃除をしていたのか」
「はい。お天気もいいですし」
謙信「そうか」
謙信様は小さく頷き、じっと私を見つめた。
謙信「お前はなぜ、こんなにも愛らしいのだろうな」