うららかな陽気の、ある昼下がり------

「もう、すっかり春ですね」

部屋でお茶を飲みながら、信玄様と私はのんびりとくつろいでいた。

信玄「ああ、今日は特に暖かい。そういえば、桜の蕾もずいぶんほころび始めていたな」

「じゃあ数日で花が開きますね。楽しみです」

満開の薄紅の花を想像し、開け放っている障子の先の青い空へと目を細めた時------

家臣「信玄様、少々よろしいでしょうか」

信玄「どうした?」

どこか気まずそうに、家臣の人はちらりと私の様子を窺う。
(私にはあまり聞かせられないような深刻な話なのかな)

察して席を外そうと、立ち上がった時------

謙信「信玄、隠し子がいるというのは本当か」

佐助「子どもって、どこに隠してたんですか」

幸村「何で今まで言わなかったんですか!すっげー驚きましたよ!」

どやどやとみんなが部屋に入ってきて、信玄様に詰め寄る。

(えっ、信玄様に隠し子⁉︎)

信玄「は・・・・・・?」

信玄様も驚いているようで、訝しげに眉を寄せた。

幸村「いつかそんなことが起きるんじゃねーかって思ってましたけど」

信玄「どういうことだ?」

謙信「自分のことなのに知らないのか?」

佐助「今、城内で大騒ぎになってます。信玄様の隠し子が城の前に置かれてたって」

(信玄様に託すために捨てられたってこと・・・・・・?)

家臣「少々お待ちください」

家臣の人は一度退出し、すぐに泣いている二歳くらいの男の子を連れて来た。

男の子「うえーん・・・・・・」

信玄「・・・・・・」

(この子が?)
頭の中が真っ白になり呆然と立ちつくす。

幸村「こいつが信玄様の子なんですか?」

謙信「なるほど。・・・・・・どことなく信玄に似ているような気もしなくはない」

男の子「うえええええん!」

泣き声でハッとして、私はとっさに男の子を抱き上げた。

「大丈夫だよ。みんな怖くないから。泣かないで」

優しくあやすと、男の子も少し落ち着いてくる。

信玄「天女の優しさが、その子にも伝わったか。ゆう、悪いが事情を聞く間、抱いていてらくれるか」

「はい」

信玄「・・・・・・それで、状況は?」

家臣「はっ。先程、城門前に捨てられているのを門番が見つけたのです。これを・・・・・・」

家臣の人が差し出した手紙には『信玄様のお子です』とだけ書かれている。

信玄「この子の手がかりはそれだけか?」

家臣「辺りを探しましたが、他には何も。あとは、着物の裾先の内側に名前が刺繍してあったくらいで・・・・・・」

「確認しますね。僕、ちょっとみせてくれる?『小太郎』くんって名前みたいですね」

信玄「・・・・・・」

信玄様は刺繍された名前を見て、一瞬瞳を揺らした。

(信玄様・・・・・・?)

謙信「その顔は・・・・・・やはりこの子どもに心当たりがあるのか?」

佐助「年齢的にも、ゆうさんに出会う前の子ですし、ありえなくはないですしね・・・・・・」

みんなの視線が、小太郎くんから信玄様にむけられると・・・・・・

信玄「そうか、子どもかー。突然、俺の子が捨てられているとは、さすがに驚いたなー」

動揺も否定もせず、信玄様はいつものように笑った。飄々とした様子に、私もみんなも呆気に取られる。

(否定はしないの・・・・・・?)

幸村「そりゃそーですけど・・・・・・認めるってことですか?」

佐助「けど、その手紙一枚だけなら、本当に信玄様の子とは認証はないですよね」

謙信「それもそうだな。だがそれなら、誰が何のためにこんなことをする?」

幸村「つーか、どうすんですか?こいつ」

はっきりとしたことは何も言わない信玄様を置いて、みんなの方が話を進めていく。頭の端で会話を聞きながら、持ちたくない感情が湧き上がってきた。
(もし、本当に信玄様の子だったらどうしよう・・・・・・)

腕の中に収まるくらい小さな小太郎くんを抱きながら、不安に襲われていると------

信玄様に肩を引き寄せられた。

信玄「悪いが少しの間、ゆうと小太郎だけにしてくれないか」

不安など必要ないとでも言うように、あたたかな腕がしっかりと私の肩を抱く。

幸村「・・・・・・わかりました。後でちゃんと報告してくださいよ」

みんなは立ち上がり、部屋を出ていく。三人だけになると、信玄様は肩から手を離し、改めて私に向き直った。

信玄「ゆう」

名前を呼ばれると、緊張が走る。
(話を聞くのは、少し怖い・・・・・・でも、ちゃんと聞こう)

「はい」

信玄「小太郎のことだが・・・・・・今はまだ確証がらないから言えないが、母親には心当たりがある。とはいえ、君が案ずるような関係じゃあない」

(あ・・・・・・)
凛とした声がはっきりと言い切った。たった一言もらっただけで、不安も心の強張りもとけていく。

信玄「真相が明らかになったら、君にはきちんと話す。不安な想いをさせるかもしれないが、俺を信じてくれないか」

私をまっすぐに見つめて、信玄様が告げた。

(信玄様は筋の通った人で、嘘をつくようなことはしない。深いことを話さないのは、理由があるんだよね。信玄様のこと、信じよう)

「はい」

信玄様は私の返答にほっとしたのか、表情を緩めた。

信玄「・・・・・・ありがとう。それまで、この子・・・・・・小太郎を預かることになるがいいか?」

「もちろんです」

信玄「よし。それじゃあこれからよろしくな、小太郎」

信玄様が小太郎くんに笑顔を向け、頭をぽんとすると------

小太郎「ひ・・・・・・っ!」

小太郎くんはびくりと震えて泣き出した。

小太郎「うわーん!」

(わぁ・・・・・・!)

信玄「あー悪い」

「な、泣かないで。よしよし、いい子だねー」

信玄「参ったな・・・・・・」

前途多難な予感に、信玄様と顔を見合わせて苦笑いするしかなかった------

------

その日の深夜------

小太郎「っ・・・・・・ひっく・・・・・・っ・・・」

(あ・・・・・・泣いてる?)
しゃくるような泣き声が耳に届き、眠りから目を覚ます。夜泣きだとわかり、瞼をこすりながら身体を持ち上げると、信玄様も起き上がった。

信玄「よしよし、いい子だ」

信玄様が小太郎くんを抱き上げ、あやそうとすると------

小太郎「うわあああーん!」

信玄「おっと・・・・・・」

小太郎くんは、余計に泣き出してしまう。

「信玄様、代わります」

信玄「すまない。俺じゃあ駄目なようだ」

「いえ・・・・・・寝かしつけてくるので、信玄様はお休みになっててください」

小太郎くんを抱っこし、私は背中を撫でて外へと出た。

小太郎「う・・・・・・ひっく・・・・・・」

「大丈夫だよー、ねんねしようねー」

優しく声をかけつつ、庭であやす。
(なかなか泣き止まないな・・・・・・)

慣れないながらに懸命にあやしていると------ふわりと、肩にあたたかなものが掛けられた。

信玄「寒くないか?」

「信玄様・・・・・・」

(羽織を持ってきてくれたんだ)

「ありがとうございます。信玄様が羽織を掛けてくれたから大丈夫です。あ・・・・・・信玄様は寝ていていいんですよ?」

信玄「つれないな。少しでも君のそばにいたいのに、追い返さないでくれ」

甘く微笑まれて、胸が音を立てた。
(そうやって軽く言って、傍にいてくれるんだ。信玄様が隣にいてくれるだけで、私が安心できるな・・・・・・)

小太郎「・・・・・・」

(あ、眠った・・・・・・?)
信玄様にそっと声をかけようとすると------

信玄「・・・・・・」

空に浮かぶ月を見上げる横顔が寂しげで、声を呑み込む。
(信玄様・・・・・・?)