佐助「そうか。じゃ、俺はそろそろ失礼する。お休み、ゆうさん」

佐助くんは来た時と同じように、静かに部屋を出ていった。


------

(『幸にはもう会わないで』って言われたけど・・・)
翌日、午前中に城の掃除を済ませたあと、足が勝手に町へと向かっていた。

(佐助くんは、幸のことを知ってるみたいだった。幸に聞けば事情がわかるかもしれない)
市の隅に幸の姿を見つけた途端、とくっと鼓動が跳ねあがる。

「幸・・・!」

露店に駆け寄ると、幸は片眉を持ち上げた。

幸「ん?まーたお前かよ」

「ちょ、何その言い方・・・」

幸「冗談だ、真に受けんな。久しぶり・・・・・・でもねーか」

「うん、そうでもないよ」

幸の前にしゃがみ、自然と微笑みあった時・・・
(ん?)

幸の着物の袖を、華奢(きゃしゃ)な手がぎゅっと引っ張った。どこからかやってきた小さな男の子が、幸に向かってにっこり微笑む。

子ども「お父しゃん!」

幸「っ・・・はぁ?」

(えっ?この子・・・・・・幸の息子⁉︎)
私は幸の前でしゃがんだまま、男の子を穴があくほど見つめた。三歳くらいの年齢で、頭のてっぺんで髪をちょんっと結っている。麻で作られたひざ丈の着物の裾から、ふくふくした足が伸びていた。

(幸、子どもがいたんだ・・・・・・。ってことは当然、結婚だって・・・)
衝撃が大きくて、頭がうまく回らない。

「ええっと・・・・・・あの、幸・・・・・・」

幸「あ?」

「可愛いね、息子さん・・・。幸にあんまり似てなくて・・・」

幸「っ・・・・・・お前なー・・・」

あぐらをかいまつ眉をひそめた幸に、指先でぴんっと額を弾かれる。

「いたっ。何するの?」

幸「そもそも俺の子じゃねえ!」

(え?)

幸「『あんまり』どころかひとつも似てねーだろうが!」

「でも今この子、幸に向かってお父さんって言わなかった?」

子ども「お父しゃん!」

「ほら・・・っ」

幸「ほら、じゃねー、バカ」

幸は男の子の方へと向き直り、視線を合わせる。

幸「目ん玉ひんむいてよく見ろ、ガキ。俺はお前の親父じゃねえだろ」

幸が呟くと、男の子はくりっとした目を見開いて・・・

子ども「!!お父しゃんじゃない・・・っ」

この世の終わりみたいな悲しい顔で泣き出した。
(っ・・・泣いちゃった)

私は、ふっくらした頬を流れる涙をとっさに袖で拭った。

「よしよし、泣かなくて大丈夫だよ。怖いおじてゃんだけど、中身はそこそこ優しいからね」

幸「おい、誰がおじちゃんだコラ」

「幸は黙ってて」

幸「っ・・・・・・んだよ」

男の子の鼻を、手拭いでそっと拭うけれど、涙があとからこぼれてくる。

幸「ったく、いい加減泣きやめ」

幸が横から腕を伸ばし、男の子を宙に抱き上げた。

子ども「わっ」

「幸っ?」

驚いた拍子に、男の子の涙がぴたりと止まる。

幸「お前、名前は?」

子ども「弥彦(やひこ)・・・」

幸「弥彦か、いい名じゃねーか。泣き虫じゃ名がすたるぞ?」

弥彦「っ・・・じゃあ、泣かない」

幸「ん、そーしろ」

幸が笑って膝の上に乗せると、弥彦と名乗った男の子も笑顔になった。
(あやすの上手だな。なんか意外・・・)

幸「どうやら俺を親父と間違えたらしいな、こいつ」

「そうみたいだね」

(幸の子どもじゃなかったのか・・・)
ほっとしたけれど、尋ねずにいられず幸を見る。

「あの、つかぬことをお聞きしますが・・・」

幸「んだよ、改まって」

「幸って・・・・・・結婚して子どもいたりするの?あやし慣れてるけど・・・」

幸「っ・・・はあ?嫁と子どもがいたら、身ひとつで行商なんてしてねーよ」

「あ、そっか」

幸「つーか・・・・・・なんでそんなこと聞くんだよ」

(そ、それは・・・)

1. なんでだと思う?

2. そう見えたから      ♡

3. 秘密

「ええっと・・・ただ、そう見えたから・・・」

幸「どの辺がだよ。わけわかんねー」

「ご、ごめん」

顔が熱くなってきて、膝を両手で抱え小さくなる。
(なんで変な質問しちゃったんだろう。居たたまれない・・・!)

幸「お前こそ、どうなんだよ」

「何が?」

幸「だから・・・・・・いるのかよ、その・・・・・・」

幸「夫とか、そういうの」

「い、いないよ夫なんて!ひとりもいないっ」

幸「・・・・・・普通、いてもひとりだろ」

「あっ、そうだね・・・」

幸「やっぱ変な女」

ほっとしたような笑顔を向けられ、胸が詰まった。
(うー・・・なんか、むずむずする)

自分のひざを抱いて、つま先をぎゅうっと丸めた時・・・

弥彦「ねえ、お兄ちゃん、まっかだよ?お熱?」

幸「っ・・・・・・」

弥彦くんの小さな手が、幸の頬をぴたぴた撫でている。
(あ、本当に真っ赤だ・・・・・・)

幸「っ・・・気のせいだ、弥彦。ゆう、お前もみてんじゃねえよバカ」

「っ・・・バカとまで言わなくていいじゃない」

弥彦「いーじゃない!」

私の口真似をしながら、弥彦くんが笑いだす。

幸「あー・・・これじゃ商売にならねえな。おい弥彦、お前の親父捜しに行くぞ」

弥彦「うん!」

幸が立ち上がり、弥彦くんを軽々と肩車する。きゃっきゃと笑って、弥彦くんは幸の頭にしがみついた。
(本物の父親みたい。幸って案外、いいお父さんになりそう・・・)

想像したら微笑ましくて、小さく笑みがこぼれた。

「いいな・・・」
 幸「おい、勘弁しろよ・・・。お前はさすがに肩には担げねーんだけど」

「そ、そういう意味じゃないよ!ひとりごとだから忘れて」

(口からでちゃってた・・・っ)

幸「ぶつぶつ言ってねえで早く立て。弥彦の父親探し、お前も手伝うだろ?」

「うん・・・!」

慌てて立ち上がり、私は幸の隣に並んだ。それから三人で町のあちこちを巡ったけれど、父親らしい人は見つからない。

弥彦「お父しゃん、どこ・・・?」

(弥彦くん・・・)
 せっかく笑顔になったのに、また弥彦くんの目に涙が溜まっていく。

幸「町なかにいねーってことは・・・」

(幸?)
押し黙った幸の眉間に、深い皺が刻まれる。

幸「・・・・・・おい弥彦。親父にどうしても会いたいか?」

弥彦「うん、あいたい」

幸「遠くから見るだけになるかもしれねーけど、それでもか」

弥彦「うん」

(遠くから見るだけって・・・)

「幸、どういうこと?」

幸「行けばわかる」

険しい表情で、幸は町外れに向かって歩き出した。

------

やがて、開けた丘へとたどり着くと・・・
(⁉︎).

穏やかな晴天に不似合いな怒号が響き、足がすくんだ。野原の一角で、武装をした大勢の人が馬を駆り、槍(やり)で打ち合っている。

「幸、これって・・・」

幸「慌てんな。実戦じゃねえ」

(え・・・・・・?)
離れた場所で立ち止まり、武士達を遠巻きに観察する。馬に乗った武士の指示で、歩兵しき人達が陣形を変え移動している。

「戦の訓練・・・・・・?」

幸「おー。数日前から町の外れで始まったって噂を聞いてたけど・・・かき集めの足軽(あしがる)だけで、これだけの規模とはな」

(え?)
低い声で呟いた幸を振り返ったその時、

弥彦「お父しゃん!」

弥彦くんが幸の上で叫び、手を振り始めた。訓練に没頭する大勢の武士の中に、きっとお父さんがいるのだろう。
(弥彦くんのお父さんは武士なのか。それじゃ・・・きっと、これから始まる戦にも出陣するよね)

無邪気に手を振る弥彦を見ていられなくて、私は俯いた。すると、号令が響いて兵士達が動きを止める
(あ、休憩時間に入ったみたい。

弥彦「お父しゃん!」

弥彦くんが器用に幸の背中を伝いおり、兵士達の方へと駆けだした。

幸「っ・・・おい」

「弥彦くん、待って!」

幸「・・・・・・」

慌てて幸と、弥彦くんを追いかける。同時に武士の一団の中から、背の高い中年の男性がこちらへ走ってきた。

弥彦の父親「弥彦!」

弥彦「お父しゃん!」

しゃがんで手を広げるお父さんの胸に、弥彦くんが飛び込んだ。
(この人が弥彦くんのお父さんか。幸に全然似てない、優しそうな人だけど・・・)

よく見ると、鎧(よろい)の下にまとう着物の色が少し似ている。

弥彦の父親「お前どうしてここに・・・?」

弥彦「あのねー、これ!」

弥彦くんは懐からお守りを取り出し、小さな手のひらに載せて差し出した。

弥彦「がんばってって言いにきた!」

弥彦の父親「そうか。ありがとうなぁ」

弥彦くんのお父さんは優しい笑ってお守りを受け取る。
(これを届けるために、お父さんを探してたんだ。

幸「・・・・・・」

幸はなぜか、顔をかくすように背け、私の後ろで黙っている。

弥彦の父親「だけどここは危ないからな。すぐ母ちゃんのところに帰るんだぞ、弥彦」

弥彦「わかった!」

弥彦くんの頭を撫でながら、お父さんは私と幸の方へ視線を向けた。

弥彦の父親「すみません。息子がご迷惑かけたようで・・・」

「いえ、こちらこそ事情も知らずに弥彦くんを連れて来てしまって・・・ごめんなさい」

幸「・・・・・・」

幸は何も言わず、一歩引いて私たちのやりとりを見守っている。

弥彦の父親「申し訳ないのですが、弥彦を送っていってはもらえませんか?町の東の隅に私の家があります。弥彦、母ちゃんに言ってお二人にお礼するんたぞ?」

弥彦「する!」

(すっかりご機嫌だな)

幸「礼なんていらねーよ。弥彦、行くぞ」

(あ・・・)

幸はお父さんと目を合わせようともせず、弥彦くんを抱き上げ歩きだす。

弥彦「お父しゃん、はやく帰ってきてねー!」

弥彦の父親「ああ。良い子にしてろよー」

「では私も失礼しますね。・・・・・・待ってよ、幸!」

頭を下げる弥彦くんのお父さんと別れ、私は幸のあとを追いかけた。
(優しそうな人だったな。でも・・・あの人も戦場では刀や槍を振るって戦うんだ)

小石を飲み混んだように、喉の奥が詰まる。

(それにしても・・・・・・)
隣に並び、弥彦くんを抱く幸を横目で見上げる。

(急に不機嫌になっちゃったな。戦が嫌いだから・・・・・・武士も嫌いなのかな、幸は)