(今頃、信長様は上杉軍と向かい合ってる頃かな)

出陣から数時間後、私は前線から離れた場所にある天幕で、手持ち無沙汰に過ごしていた。
秀吉さんに頼まれ、ここで怪我人の看護に当たることになっている。
(私が危険な目に遭わないようにって思ってくれてるんだろうな・・・)

開戦したばかりで、今はやることが特にない。
怪我をして運ばれてくる人が少ないように祈りながら、ほがらかに晴れ渡る空を見上げる。
(これから私はずっと、この空の下で生きて行くんだな・・・)

私が生まれた時代とは全く違う、電線もなければ飛行機も飛んでいない空は・・・どこまでも高くて、風がびゅんびゅん雲を押し流していく。


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「決めました。私、元の世には帰りません」

信長「何だと・・・・・・?」

「ずっと、あなたのおそばにいてもいいですか?」

信長「ゆう・・・・・・寝ぼけたことを抜かすな、貴様。昨夜、告げたはずだ。貴様の身も心も俺に差し出せ、と。二度と手離してはやらん」

「・・・・・・はい。もう、離れません」

信長「良い返事だ。褒めてやる」

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(元の時代は恋しいけど、もう決めた。この時代で、信長様と生きていく。デザイナーになる代わりに、針子を私の一生の仕事にして・・・信長様のそばに、ずっといよう)
強くそう思った時、天幕を上げて家康さんが顔を覗かせた。

家康「あ、ゆう。ここにいたの」

「家康さん・・・?前線に向かったんじゃなかったんですか?」

家康「あのね・・・。武将は本来、本陣で指示だけするのが普通なの。織田軍の武将達みたいに自分から前に飛び出していくのは、変人の部類だって覚えといて」

(そういうものなんだ・・・)

家康「まあ今回の戦は、相手も変人ぞろいだけどね」

「それって、上杉謙信のことですか?」

家康「謙信だけじゃない。前線からの連絡で、武田信玄も出張って来たって聞いてる」

「え・・・・・・っ」

家康「信玄の家臣には、十文字槍を振り回して突っ込んでくる真田幸村って荒っぽい武将もいる。謙信が抱えてる忍(しのび)も相当優秀らしいし・・・・・・こっちも総力をぶつけるのは間違ってない。俺は、ここで情報の集約と怪我人看護の指揮をする。あんたも手伝って」

「はい!それじゃ、今だけ私の上司ですね。よろしくお願いします」

家康「・・・・・・そういうのやめてくれる?」

居心地悪そうな顔で、家康さんは床几(しょうぎ)と呼ばれる椅子に腰を下ろした。

家康「あんたは、普段通りにしてれば」

「普段通りって・・・」

家康「能天気にへらへら笑ってなよってこと」

(そんなにへらへらしてるつもりはないんだけど・・・)
肩を落とす私をよそに、家康さんが淡々と言葉を続ける。

家康「あんたのそういうところに救われるヤツも、沢山いると思うから」

「え?どういうことですか・・・?」

家康「後方にこれから運ばれてくるのは、前線で怪我を負った兵達でしょ。怪我を負うってことは、弱いって印を身体に刻まれることだ。そういうのは、傷の痛みよりもこたえる」

(家康さん・・・?)
家康さんの形のいい目が、かすかに陰っている。

(この人も、色んなものを抱えてるのかもしれないな・・・)

家康「だけど怪我した連中も、あんたののん気な顔見れば、悩むの馬鹿らしくなると思うから・・・あんたは、にこにこしてたらいいよ」

(それで、普段通りにしてろって言ったの?)

「あの、今のはもしかして褒め言葉でしょうか?」

家康「別に。ただの事実」

(うーん、喜んでいいか
迷うけど・・・・・・まあいいか)

「じゃあ、笑ってます。それで役に立つんだったら」

家康「・・・・・・そうして」

笑顔を向けると、家康さんの表情が少しだけ和らいだ。

家康「あ、そういえば、変な噂聞いたんだけど」

「何ですか?」

家康「あんたが信長様とくっついたって、本当?」

「ど、どこでそれを・・・・・・⁉︎」

家康「どこも何も、兵達の間で話が広まってるよ。敵陣に飛び込んで信長様を助けようとしたらしいね、あんた」

「は、はい・・・・・・。無謀だとは思ったんですけど、見ていられなくて」

家康「ふーん、てことは、噂は本当なんだ」

気のない声を出しながら、家康さんが私の顔を覗きこむ。

家康「・・・・・・悪趣味」

(悪趣味って・・・・・・)

「信長様は素敵な方じゃないですか・・・!失礼なこと言わないで下さい」

家康「違うよ。あんたが悪趣味なんじゃなくて、信長様がってこと」

「なんだ、それならいいです・・・って、よくない!それだと私に失礼です・・・っ」

家康「気付くの遅すぎ」

(あ、笑った。珍しい・・・・・・)
家康さんの笑顔を見ていると、怒る気が削がれてしまう。

「家康さん、普段もそうやって笑えばいいのに・・・」

家康「は?」

「私が笑ってるより、よっぽど皆を元気にする効果があると思いますよ」

家康「っ・・・・・・わけわからないこと言うの、やめてくれる?」

(本気なんだけどなぁ)

家康「それより・・・・・・あんた、本気で信長様と連れ添う気なの?」

「え?」

不意に、家康さんは真剣な眼差しで私を見据えた。

家康「あの人のそばにいたら命がいくつあっても足りない。それくらい、わかるでしょ」

「・・・・・・はい」

(一緒にいる間、あの方が無茶するのを何度も見てきた。あの方の目指すものが大きい分、敵が多いってことも、今ではよくわかってる)

家康「命懸けであの人のそばにいる覚悟、あんたにあるの?」

(覚悟、か・・・・・・)

「覚悟はないけど、後悔しない自信ならあります」

家康「は・・・?」

「信長様と一緒にいられたら、何があっても私は幸せです」

(信長様は、私にとってかけがえのない方だ。どの時代を探したって、こんなに愛おしいと思える人はきっといない)

家康「バカなの?そういうのを覚悟って言うんでしょ」

「あ・・・・・・そうなんですか?」

家康「そうだよ。ほんと、あんたといると気が抜ける」

家康さんの苦笑いが移って、私もなんだか笑ってしまった。

(覚悟なんてかっこいい言葉、やっぱり私にはピンと来ないけど・・・)
何もかもを捨ててでも、そばにいたい人がいる。そんな相手に出逢えてよかったと、心の底からそう思えた。のどかな時間はやがて幕を閉じ、天幕はだんだんと騒がしくなった。次々に運ばれてくる怪我人の看護に追われるうちに、夜がやってきた。

(あっという間に時間が過ぎたな・・・)
手当が一段落し、天幕の隅でほうっと息をついていると・・・

秀吉「ゆう、頑張ってくれてたみたいだな」

「秀吉さん・・・!お帰りなさい」

(無事だったんだ・・・!戦はどうなったんだろう・・・っ)
焦る気持ちを抑え、秀吉さんに駆け寄る。

「あの、戦況は・・・・・・?」

秀吉「陽が落ちて、敵もこっちも一旦引いた」

「引き分けってこと・・・?」

秀吉「残念だけど、そう簡単に決着なんてつくもんじゃない。朝まで休戦するだけだ。この数での夜戦は同志討ちの可能性が高まる。暗黙の了解ってとこだ」

(そういうものなんだ・・・)

「他の皆は・・・・・・?」

秀吉「兵達を野営地に連れ帰って休ませてる。お前もそっちに顔出して来い。信長様もそろそろお戻りになる頃だ」

(信長様も無事なんだ・・・・・・)
胸に灯りがともったような心地がして、ほっと息が漏れた。

「わかった・・・!教えてくれてありがとう、秀吉さん」

秀吉「・・・おう」

踵(きびす)を返し、外へと走り出す。

秀吉「おーい、あんまり慌てると転ぶぞー!気をつけろよ?」

「はーい!」

秀吉さんに手を振り、私は天幕を飛び出した。

・・・・・・・・・・・・

秀吉「あーあ、嬉しそうな顔しやがって」

駆け出したゆうを目で追いかけ、秀吉は苦笑いを浮かべていた。

秀吉「まったく、人の気も知らないで・・・ま、あいつが笑ってるなら、いいけどな」

・・・・・・・・・・・・

(信長様はどこだろう)
たき火を囲む兵達の間を縫って、きょろきょろと辺りを見回すと・・・

(あっ、いた・・・・・・)
大勢の兵を引き連れ、信長様が帰り着いたところだった。

「信長様!」

信長「・・・・・・」

思わず駆け出すと、家臣の皆が微笑ましげに私を見て道を空けてくれた。
(あ、いけないっ、まわりの人達に気を遣わせちゃってる・・・)

途中で足を止めるけれど、信長様の方から私へと近づいてきた。

信長「出迎えるなら、きちんと顔を見せろ、ゆう」

「はい・・・」

伸ばされた手が、私の頬を包み込む。指先の温もりも、注がれる眼差しも温かい。
(ご無事でよかった・・・・・・)

家臣達「御館様。では、我らはこれにて」

信長「ああ。夜の間、ゆるりと休め」

(あ・・・・・・)
家臣達がそばから離れていき、信長様とふたり、取り残される。

信長「------・・・気分が良いものだな」

「何がですか・・・?」

信長「貴様が俺の元へ尻尾を振って走ってくることなど、これまでなかった」

上機嫌に告げられて、頬がかっと熱くなる。

「っ・・・尻尾なんて、振ってないですよ」

信長「ほう、そうか?俺には見えたがな」

口元の微笑みが艶めいて見えて、どきっと心臓が音を立てた。

信長「丁度いい。貴様に申しつけたい用がある」

「なんで
しょうか・・・?」

信長「貴様は看護の役目を引き受けていると、秀吉に聞いた。俺も、手当しろ」

(手当って・・・)

「信長様、怪我をなさったんですか・・・っ?」

信長「ああ」

目を凝らすけれど、暗くてよく分からない。
(明るい所で確かめないと!)

「今すぐ怪我を見せてください!あっちの火のそばへ・・・」

信長「いや、こっちへ来い」

「え?あ、ちょっと・・・っ」

信長様は、私の腕を掴んでずんずん歩き出す。
野営地を抜け、私はひとけのない野原へと連れ出された。

「待ってください、ここじゃ暗くて見えません。治療の道具も取って来ないと・・・」

信長「俺の手当ては、コレひとつあればこと足りる」

信長様の長い指先が、やんわりと唇に押し当てられる。

(な、何・・・・・・っ?)
焦らすようになぞられて、ぞくりと甘い痺れが走った。

「あの・・・・・・信長様・・・・・・?」

信長「少し疲れた。だから・・・貴様の温もりが欲しくなった」



また冗談ばっかり。「尻尾振って。。。」だって!

「俺も、手当てしろ!」が温もり?

素直じゃないとこが好き