身を守るようにともらった煙玉を取り出して、私は思いっきり地面へ叩きつけた。

------・・・ドンッ

「これは・・・」

「な、なんだ⁉︎」

(あとは、これも使っとこう・・・・・・っ)
まきびしを敵兵の方へばらまき、信長様を振り返る。

「信長様、今のうちに!」

信長「っ・・・・・・貴様と言う女は・・・・・・」

(あ・・・・・・っ)
信長様の腕が私の身体を抱き上げ、自分の馬へと乗せ替える。間髪入れずに白煙の中を駆け出し、とまどい隊を乱す敵から急いで離れた。


(助かった・・・・・・っ。佐助くんの忍者秘密道具、抜群の威力だな)
振り返ると、味方の兵達も撤退を終えているのが確かめられた。馬から下りて草陰に身を隠した直後、信長様が私の両肩をぐいっと掴んだ。

信長「貴様、いったい何のつもりだ⁉︎命をどぶに捨てる気か」

(信長様・・・・・・)

「いいえ・・・。私はあなたを助けたかっただけです」

苦しげに見つめられ、どくっと鼓動が音を立てる。
(すごく、怒ってる。でも・・・・・・それ以上に私を心配してくれてる。人には、自分がどんなにピンチでも ”案ずるな” って言って笑うくせに)

信長「何度も言っているだろう。俺を案じて貴様に何の益がある」

(それは・・・・・・っ)

「あなたが死んだら、私が困るんです!」

信長「・・・・・・」

信長様と過ごすうちに大きくふくらんだ想いが、せきを切ったように溢れた。その手が血に濡れていても、人としてどこかが壊れていても、この方の自覚のない温もりが、切なくて、愛しくて、たまらない。

「あなたがいなくなったら、私が、悲しいんです・・・!あなたが生きていることが、私のいいことなんです!」

信長「っ・・・・・・貴様・・・・・・」

眉をひそめる信長様の唇から、吐息がこぼれた。

信長「囲碁勝負などしていないが、今のは貴様の自業自得だ」

「え?」

信長様の手が私の顎を持ちあげて・・・

信長「寄越せ」

「?!んっ・・・・」

熱い唇が、私の唇を強引に塞いだ。
(っ・・な、なんで・・・?)

頭が真っ白になって、心臓が大きく跳ねた。

「ん、ぁ・・っ、んん」

したを絡めとられ息すら出来ず、身体が燃えそうに熱い。儚い水音を立てて唇が離れると、二人同時に吐息が溢れた。

1:急にどうして・・・・ ♡
2:一体どういう気持で・・・・
3:びっくりするじゃないですか

「急に、どうして、こんなこと・・・・っ」

信長「急ではない。ずっと・・・奪いたかった」

(え・・・っ)

信長「目の前の敵を片付け終えたら、今宵、この口づけの理由を、貴様にじっくりと教えてやる」

(え・・・っ)
どこか切なげに微笑んで、信長様が私の目元を指でなぞる。
瞳に浮かぶのは冷たさではなく、あられもない熱だけだ。
(信長様・・・・)

信長「・・・来い。早々に決着をつける」

手を惹かれて立ち上がり、はっとする。
(そ、そうだ。敵に攻められてる最中だった)

「でも、決着をつけるって、この状況からどうやって・・・」

信長「そろそろ、あの男が到着する」

(あの男?)
その時、地面がかすかに揺れて、たくさんの馬が駆ける音と、土埃が近づくのが見えた。

信長「来たな、光秀」

「えっ、光秀さん・・・・?!」

目を凝らして、私は言葉を失った。
織田軍の軍旗を掲げた大群と、それを率いる光秀さんの姿がくっきりと見える。
(どういうこと?!)

秀吉「信長様・・・・!」

三成「いったいこれは・・・っ?」

(秀吉さん、三成くん・・・!無事だったんだ)
生き抜いた兵たちを率いて、ふたりがそばへと駆けつけてきた。

信長「どういうことかはすぐに分かる。あとは光秀に見せ場をくれてやれ」

ニヤリと笑い、信長様は目を細めた。
到着した織田軍の大群を見て、敵達が慌てふためき隊列を乱していく。

敵兵1「一体どういうことだ?!明智殿はこちら側についたのではなかったのか?!」

敵兵2「どこからこんな数の軍勢を・・・っ」

光秀「まあそう騒ぐな。騙した詫びに鉛玉をくれてやろう。----全員、構え!」

光秀さんが片手を上げたのを合図に、味方の兵たちが馬上で鉄砲を構え・・・

光秀「撃て」

一斉射撃が始まり、平野に轟音が鳴り響く。
(っ・・・すごい)
敵は一気に総崩れになり、敗走を始め・・・・
瞬く間に織田軍が勢いを盛り返し、上杉軍を撤退させてしまった。
(よかった・・・・っ)
信長様のそばで、唖然と戦況を見届け、安堵が広がっていく。
どうして光秀さんが大軍を引き連れて駆けつけたのか、裏切りの噂は嘘か本当か、それから・・・・信長様がどうして私にキスをしたのか、わけがわからないことばかりだけれど・・・
(私達・・・・生き抜いたんだ)
荒れ果て、くれかかる平野を見つめ、はっきりとそう実感した。

秀吉「光秀、どういうことかきっちり説明しろ」

光秀「まあそう急かすな、秀吉」

(今にも喧嘩になりそうだな・・・・。でも、私も秀吉さんと同じ気持ちだ)
兵達の看護が終わり隊列を整えた後、織田軍の武将たちは隊の前方で一堂に介していた。

三成「光秀様のお陰で九死に一生を得ましたが・・・一体何がどうなっているのですか?」

政宗「まーたこそこそ一人で企んでいたのか、光秀」

家康「こんな大群、どこから引き連れてきたんですか」

矢継ぎ早に質問するみんなに、光秀さんは肩をすくめてみせた。

光秀「質問はひとつずつにしろ。俺に口はひとつしかないんでな」

(なんで余裕な態度でいわれるのっ?)
「こんな時まではぐらかさないでください」

光秀「ゆうにまで叱られるとは思わなかったな」

信長「ゆう、貴様は黙って聞いていろ」

(っ・・・そういわれても・・・・)
信長様はそれ以上口を出そうとはせず、中央で全員を見回し唇を閉ざした。

秀吉「・・・・話せ、光秀。お前がやってたこと洗いざらいだ」

光秀「俺は上杉謙信と通じ、織田側の情報を流していた。謙信本人を越後から引きずり出し、支城へ招き寄せるためにな」

秀吉「・・・・・・」

(え・・・っ)

光秀「あの上杉と武田が手を組んだのだ。敵の根城である越後の奥深く攻め入るのは、織田軍にとって不利。敵将を早々にあぶり出すためには・・・・」

三成「”信長様自ら、少数で支城を攻める”というエサをちらつかせ、謙信を煽ったということですか」

光秀「さすが三成。話が早くて助かる」

三成「謙信の戦狂いは有名な話です。”有利な状況で早々に、信長様と戦いたい”、そう相手に思わせ・・・謙信自ら支城へと拠点を移すよう仕向けたんですね」

(そんな思惑があったんだ・・・!)

政宗「で”敵の軍備が整ってない”って偽の情報を俺達に流した理由は?」

光秀「織田軍が俺の裏切りに載せられている・・と敵に思わせておく必要があった。謙信には、安土城の奥深くまで入り込む優秀な忍びがいてな。こちらの動向は筒抜けだった」

政宗「なるほどな」

(優秀な忍び・・・佐助くんの事かもしれない)
話に耳を傾けながら、ごくりと息を飲み込む。

光秀「大群を率いて出陣すれば、せっかくおびき寄せた謙信が越後に引っ込む可能性があった。相手にとっては、地の利がある越後で俺たちを迎え撃つほうが有利だからな。それで・・・織田軍出立後、秘密裏に俺が兵を集め、後から合流したというわけだ」

(ええっと、とにかくそれじゃ・・・・)

「光秀さんは裏切ってなかったんですね・・・!」

光秀「まあ、そういうことになるな」

(よかった・・・・っ)
ホッとして体の力が抜けていく。
周りのみんなの表情も少しだけ和らいだ。

信長「光秀、よくやった」

光秀「・・・はっ」

「信長様は、全部ご存知だったのですか?」

信長「ああ。良い策なので光秀の好きにさせた」

(っ・・・それじゃ・・・信長様は全部わかった上で、自分の身を危険にさらして兵を率いて策を推し進めてたんだ)
光秀さんの思惑が明らかになった今、文句をいう人は一人もいなかった。秀吉さんだけが、何かを堪えるように唇を引き結んでいる。

政宗「ものの見事に騙された。見事な手腕だな」

三成「ええ・・・。調略に長けた光秀様らしい戦い方かと」

光秀「いや、俺もまだまだ甘い。謙信を騙し切るには至らなかった」

「え・・・?」

光秀「謙信は俺の二重の裏切りに感づき、更に先を読み、織田軍の到着を待たず兵を差し向けてきた。まったく、抜かりない男だ。信用を得るために色々と仕込みをしていたんだがな」

秀吉、三成「は・・・?」

(仕込み・・?)

家康「まさか・・信長様への謀反の噂の出処は、アンタ自信だって言うつもりじゃ・・・」

光秀「-・・・ああ。そのまさかだ」

「ええっ?」

光秀「俺が顕如を裏で操り、本能寺で信長様の命を狙ったという噂も、上杉側と通じていることも、全て俺自信が流した情報だ」

「なんでそんなこと・・・っ」

政宗「信長様へのうらぎりを演出して、謙信の信用を得ようとしてたってことだろ」

(自分の信用を落とすことまで、光秀さんの計画のうちだったってこと?!)

政宗「大した役者だな、お前は」

光秀「まぁ、簡単に騙されてはくれなかったがな。手強い男だ、越後の龍は」

秀吉「・・・・なんで、今の今まで黙ってた」

光秀「敵をだますならまず味方から、というだろう?」

秀吉「・・・・・」

秀吉さんはため息を付き、つかつかと光秀さんに歩み寄ると・・・・

光秀「っ・・・・」

固めた拳で、飄々とした笑みを浮かべる横顔を殴った。
(わ・・・・・っ)

秀吉「騙せたつもりになってんじゃねえぞ、光秀」

光秀「・・・・・・・・・」

秀吉「勝手に一人で背負い込んで、ドロかぶって・・・お前のそういうところに本気で腹が立つ。今回の策は俺も有効だったと認める。だけどな、二度とやるな、こんなことは」

踵を返し、秀吉さんはその場を離れていってしまった。
(秀吉さん・・・・)

光秀「・・・・派手にやってくれたものだ」

苦笑をにじませ、光秀さんは切れた唇を指でなぞっている。

信長「そんな役回りを負わせたな、光秀」

光秀「いえ、俺が望んでしたことです」

政宗「あの温厚な秀吉をここまで怒らせるのは光秀くらいだな」

家康「いい大人が殴り合いの喧嘩なんて、みっともないことしないでください」

三成「光秀様、お怪我は・・・」

光秀「口を切っただけだ。こんな時でも手加減するとは、秀吉らしい」

(光秀さんは、秀吉さんに怒ってないみたいだけど・・・大丈夫かな、秀吉さん)

「私、ちょっと秀吉さんの所に行ってきます」




「寄越せ」の後の、「急ではない。ずっと・・・奪いたかった」でしょ❓

これだけで惚れちゃうよー‼️

「寄越せ!」
にやられた ゆう でしたー