私はこくりと息を呑み、薄暗い廊下を進み天主へと向かった。

「失礼します・・・っ」

小声で告げて中に入ると、明るさに少し目がくらんだ。廊下が暗かったせいで、外から差し込む月明かりが眩しい。
(豪華な部屋・・・・・・。信長様はいないみたいだな。よし、お礼を言うのは今度会った時にしよう。そうしよう)
自分に言い訳して背を向きかけると・・・

信長「そこにいるのは・・・・・・ゆうか?」

(っ・・・・・・!)
名前を呼ばれて足がすくむ。目を凝らすと、信長様は天主から張り出した板張りの床に腰をおろしていた。戦から戻った姿のまま、ひとり盃(さかずき)を傾けている。

信長「なぜそこに突っ立っている。そばへ来たらどうだ?」

「は、はい・・・」
(こうなったら後に引けない・・・・・・)
ぎこちない足取りで、私は信長様のそばへと歩み寄った。欄干(らんかん)にもたれる信長様の前に立ち、大きく息を吸う。

「あの、私がお部屋にお邪魔したのは・・・・・・」

信長「貴様の用などどうでも良い。それより、丁度良かった」

(え?)
信長様が立ち上がり、手にした盃を欄干の上に置いた。月を背に身体を屈め、私にずいっと顔を近づける。

信長「眠れなくて暇をもてあましていたところだ。夜伽(よとぎ)でもしろ、ゆう」

「夜伽って・・・・・・」

信長「呆けた顔をするな。俺の褥(しとね)を温めろ、と言っている」

(しとね・・・・・・って、布団ことだよね?つまり・・・・・・)
ようやく何を命令されてるかを理解して、私は目を見開いた。

「そ、そんなこと出来るわけないでしょう!?」

信長「出来るわけがない?どうしてだ」

囁かれる声が意外にも甘くて、どくっと心臓が騒ぎだす。

「どうしてって・・・・・・私はあなたの妻でも恋人でも何でもないじゃないですか!」

信長「ああ、そうだな。だが貴様は今夜、俺のそばにいる。理由はそれで十分だろう」

(どこが十分なの・・・っ⁉︎)
刀を手に笑うこの人は、冷酷で容赦がなくて、本物の鬼に見えた。けれど今は楽しそうなだけの無邪気な笑みを浮かべていて、混乱してくる。

「と、とにかく・・・・・・私は夜伽なんてしません!今夜も明日も明後日も」

信長「では、明々後日(しあさって)ならいいのか」

「っ・・・明々後日も、やのあさっても、しません!ずっとしません!」

からかわれて強い声で言い返すと、信長様の口の端がつり上がった。

信長「まったく・・・・・・良く吠える女を拾ったものだ」

(きゃ・・・・・・っ)
トン、と肩を押され、背中を壁に押し付けられる。顔のすぐ横に手をついて、信長様が私の顎をゆっくりと持ち上げた。

信長「くだらん文句をつけるより、まずは貴様の唇で酌(しゃく)でもしろ」

「えっ、ぁ・・・・・・っ」

親指で唇のふちをなぞられる。淡い力加減の触れ方が、恐さと同時に不本意な熱を呼び起こした。
(ほんとにめちゃくちゃだ、この人・・・・・・っ)
そう思うのに身動きできず、やんわりと唇を押し開かれる。

「嫌、やめ・・・」

信長「盃(さかずき)が物を語るな。酒は静かに飲ませろ」

信長様は後ろ手で、欄干の上の盃を手に取り、半分開いた私の口にあてがった。
(ん・・・・・・っ)
中身が注ぎ込まれて、震える舌先をほんのり甘い雫が濡らす。
(どう、しよう・・・・・・)

信長「ようやく静かになったな」

冷たい瞳が私を射すくめ、ゆっくりと近づいて・・・・・・
(こうなったら・・・・・・っ)

  ー・・・ごくっ

信長「・・・・・・」

私は喉を鳴らして、口に注がれたお酒を飲み干した。
(この人のことは怖いけど・・・・・・言いなりになったりできない。出逢ったばっかりの、恋人でもない人相手と、キスなんて・・・っ)
怯える心を励まして、震える声で必死に告げる。

「私はあなたの盃の代わりにはなりません!」

信長「っ・・・・・・面白い女だな、貴様は」

信長がふっと吹き出し、夜闇に高い笑い声が響きだす。

(なんで大笑いされなきゃいけないの・・・っ?他の武将も相当失礼だけど、この人がナンバーワンだよ)
唇を噛んで、信長様の胸を押し返す。

「おわかりいただけたなら、私はもう自分の部屋に帰らせていただきます」

信長「駄目だ」

(あっ・・・・・・)

瞳を光らせて、信長様はふに、と私の唇を押した。

信長「やり直しだ、ゆう。今宵は貴様を帰さないと決めた」

(帰さないって・・・・・・)

1:触らないでください ♡
2:どうしても、ですか・・・
3:本気で夜伽をさせるつもり?

「触らないでください・・・っ。私は、あなたのものになんてなりません」

信長「俺のものになれ、とは言っていない。一夜ともにいて俺を愉しませろ、と言っている」

(なんて人なの・・・・・・!)
戦場で感じたこの人への恐怖が、怒りで吹き飛んだ。

「私がいた時代でそんなことしたら、犯罪ですよ⁉︎」

信長「は・・・?」

「嫌がる女性を無理やりなんて、最低最悪の・・・」

信長「今、何と言った?」

「ですから!こんなことは最低最悪で許されることじゃ・・・」

信長「その前だ。貴様のいた時代、とは何の話だ?」

(あ、そっち・・・?とっさに口に出しちゃったけど・・・)

-------------

佐助「それから・・・・・・この時代の人相手に、深入りはしないよう気をつけて。端的にいうと、恋愛感情を抱くことだ。いずれ未来へ帰る足かせになる。それから、現代から来たって素性も隠しておいた方が無難だ」

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(佐助くんに忠告されてたんだった。でも・・・・・・現代人の私には夜伽なんて無理だってこと、説明してわかってもらわないと!)
覚悟を決めて、不思議そうな顔の信長様を見つめ返す。

「本能寺でお会いした時にもお話しましたけど、私は、この時代の人間じゃないんです。五百年先の未来から、事故でここへ来てしまったんです」

信長「あの時の言葉は適当な作り話ではなかった、そう言いたいのか?」

「そうです・・・!証拠ならあります」

信長「では、見せてみろ」

「分かりました・・・!部屋から取ってくるので待っていてください」

意地になった私は、天主を飛び出し、自分の部屋へと駆け戻り・・・現代から持ってきたバッグを取って引き返し、信長様の前へずいっと差し出した。

信長「珍妙な革袋だな・・・」

(う、結構気に入ってるバッグなんだけどな・・・いやいや、それより!)
「これは私がいた時代のカバンです。今の時代には、こういう材質のものはないでしょう?」

信長様は瞬きしながらバッグを手に取ると、無遠慮に手を突っ込んだ。

信長様は瞬きしながらバッグを手に取ると、無遠慮に手を突っ込んだ。
(あっ)

信長「この面妖な人形は何だ?まじないか何かか?」

入れっぱなしにしていた試作品のぬいぐるみ【くまたん】を信長様が引っ張り出す。
(真っ先に興味をもつのがそれなの?まぁ、大きくて目立ってたのかもしれないけど)

「それは ”ぬいぐるみ” と言って、飾って眺めて楽しむための人形です」

信長「楽しむ・・・?このタヌキを眺めて何が愉しい?」

「タヌキじゃなくて、くまです!可愛いじゃないですか、くまたん!」

信長「くまたんという名なのか。妙な響きだな」

真剣な顔で、信長様はくまたんの耳や手を引っ張っている。
(この人の口から ”くまたん” って言葉が出ると、何だか・・・・・・)
あまりにも似合わなくて、込み上げてくる笑いを必死に堪えた。

「っ・・とにかく、くまたん以外の物もよくご覧ください。この時代にはない機械や道具が入ってるでしょう?」


これって、壁ドン
壁ドンだよね〜


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この時の信長様は楽しそうな無邪気な笑み、女心そそられる〜〜