愛の放出再び始動 | AshtaとAsuka

AshtaとAsuka

Why am i ?


AshtaとAsuka-Myself in myself
AshtaとAsuka-Goa2013
描く。 
えがく。 
絵 核。

なんて曖昧で心揺さぶる言葉だろう。
私の奥の方に変わる事なく存在する熱くて甘い想い。
とてもよく描いていた。特に幼い頃、描く行為は、”愛の探求”だった。

AshtaとAsuka-Practice1
大学四年あたりで『絵で稼ぐ』という見えないプレッシャーに飲み込まれて愛が探せなくなった。というより何をしたらいいのか分らなくなった。
その呪縛は徐々に確実に感性を覆い隠し、解放への扉に鍵を掛けた。その時代のart情報に塗り固められ、あんなに"お絵描き”が好きで楽しんでいたのにたったの1年で五感は枯れ果て愛の筆が腐った。その感じはまるで、何も見えないし聞こえない、今までどうやって生きてきたのか、これからどうして生きたらいいのか、放出するものがもう分らない、私の中には何かがあるのに、もがいてももがいてもこの世の中に私の居場所が見つからないかのよう。
”0-zero 無”

AshtaとAsuka-start
Yogaが私を今まで生かしてくれていた。Ashtanga yogaに愛のありどころを指し示された。
あるがまま 笑顔 真心 勇気 信念 誠心誠意 解放。。。!!
今年、Goaで私の手に愛の筆が戻ってきた。

私は想いを描く。何のフィルターも通さず、そのままダイレクトに、描ける。それは愛で、愛が私に描かせてくれるんだという事に、ようやっと、いま、確かに気付く事ができた。あるがままの自分を解放する勇気が、人々の真心に触れさせてくれ、誠心誠意のこめられた笑顔を運んできてくれた。そしてその瞳の中に、私はみんなの信念を観た。
画面と色を前にするとあんなに怖くて苦しかったのがまるでウソの様に、流れ出る。一度蛇口をひねると、流れ出す愛の放出は留まる事がなく喜びと情熱に包まれる。

そして画面に現れ出た私の根源が15年前と何にも変わっていなかったという奇跡。あの時疑いと迷いと当惑とともに映し出していたモノは本物だった。紛れもなく、私自身だった。

全てに感謝、見えるものから見えないものまで、私を生かしてくれている全てへ。

ありがとう Namaste Om Shanti shanti shantih
AshtaとAsuka-Keiko